2014年06月14日

Focus On/Off

Focus On/Off for String Quartet and Mandolin Orchestra (2014) 委嘱作品初演
小林 由直 作曲
Yoshinao Kobayashi (1961.8.6 Yokkaichi 〜)

 作者は1961年三重県四日市に生まれ、4才よりピアノを習いはじめ、四日市高校在学中より作曲を始め田中照通氏に師事した。山口大学医学部を経て、現在内科医として勤務。医学博士。1985年には、「北の地平線」で日本マンドリン連盟主催の第4回日本マンドリン合奏曲作曲コンクールにおいて第2位を受賞。当クラブでは1992年の「マンドリン協奏曲」、1995年の「音層空間」と二度にわたって作品を委嘱初演している。日本作曲家協議会 (JFC) 会員、JMU会員、日本音楽交流協会 (JAME) 顧問、日本音楽著作権協会 (JASRAC) 信託者。 2013年、神戸国際音楽祭2013 においてワークショップを担当し、「マンドリン音楽の特徴と未来」について講演を行った。
 本作品は当楽団においては19年振りの作者への委嘱となった。近年において作者は室内楽への造形が深く、またマンドリン系では楽器の構造を熟知した緻密な作品を産み出している事から、特に擦弦楽器であるヴァイオリン属と撥弦楽器であるマンドリン属との調和と対比をモチーフにした作品という事でお願いをしたもの。

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「これまで、いくつかの作品において「音の滲み」をマンドリンオーケストラで表現しようと試みてきました。マンドリン系楽器では、たとえ横に流れるフレーズといえども、一つ一つのトレモロの粒が集まって奏される「点描の」音楽です。このトレモロ奏法において、アタックがはっきりしない「焦点をぼかした」音楽は、通常の管弦楽のそれとは大きく異なった音響効果を生み出します。一方、点描であるが故にアタックが一つのタイミングに集中した時は、管弦楽よりもよりシャープな焦点を作ることが出来ます。
この作品では、「点描の」マンドリン系楽器といわば「線描の」ヴァイオリン系楽器との違いを描き分けながら、両者により一つの音楽空間が生まれることを期待して作曲しました。
前半ではトレモロやピッキングによる「点」と弦を奏することによる「線」の違いを際立たせます。中盤では弦楽とギターソロによるやり取りがあり、後半ではギター合奏によるミニマル音楽的な分散和音が流れる中を、マンドリン系楽器により焦点の合わないフレーズが流れて行きます。ここでは、本来アタックが緩やかな弦楽四重奏の方がむしろはっきりとした音像を結びます。そして次第にマンドリン系の焦点が合って来て、シャープな点による激しいリズムになり、そこに四重奏による線の音楽が重なって行きます。
弦楽四重奏をいわば一つの楽器になぞらえた協奏曲の様な感じに捉えていただいてもよし、四重奏による線描の音楽空間とマンドリン系楽器による点描の音楽空間との対比という風に捉えていただいても結構です。この非常に珍しい編成による作品で、何か新しい音世界が生まれれば嬉しいです。」                                                      作曲者記
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 今宵は2008年ウィーン国立歌劇場(ウィーンフィル)の招待オーディションに日本人女性として異例にノミネートされた経歴を持つ中島麻氏を中心として、日本有数の実力者である奏者の皆様をソリストにお迎えし、小林氏のイメージの中にあるフォーカスの音場を再現する事にチャレンジいたします。
解説:横澤恒 
参考文献:Yoshinao Kobayashi’s Music Website
  http://www016.upp.so-net.ne.jp/yoshinao/xiao_lin_you_zhinohomu
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2014年06月11日

2つのエレジー

2つのエレジー
Elegie(1979)
柳田 隆介
( 1952. . sapporo〜 )

「十余日の命を生きて路子が逝ってから二年が過ぎた。生きる事の意味さえ知らなかった彼女に死の静謐が訪れた時、苦しみに耐えるべく握りしめていた保育器の手すりから、その指を一本ずつ離していったという。死ぬまで苦しみしか知らなかった子供の思えば悲しい最後であった。」
 本曲は幼くして先天性心臓疾患で逝去した作曲者の姪、路子との永訣の時を綴った作品であり、それぞれ「その1」、「その2 〜adieu,MichiKo」と題された2つのエレジーからなる。ロンド形式とソナタ形式の2つの楽章からなるという点では作者の前作「マンドリン合奏の為の二章」と類似しているが、本曲においては2つの楽章の関連性や作者の特徴であるロマンティックな転調がより深化し、無二の世界を作り出している。
 その1はイ短調で、大ロンド形式により、むせび泣くような主題とそれに付随した第1エピソード、長調の第2エピソードからなる。第2エピソードはやや明るくニ長調で現れるが、再び悲しみの中に没入してしまう。
 その2はニ短調で、やや動きのある第1主題と穏やかな第2主題(路子のテーマ)からなる。ソナタ形式ではあるが展開部では第1主題と第2主題がはっきりと分かれており、このために2つの主題が交互に繰り返される形式と知覚される。第1主題は激しい運命を表すように頻繁な転調をもつ一方、第2主題は(借用和音は多いものの)調的には安定である。第2主題はハ長調で提示された後、展開部ではト長調で現れ、再現部では同主調のニ長調に達する。曲の最後は変終止で終わる。
 運命に翻弄される路子のテーマがソナタ形式の終着点である同主調に達することは、一つの救いを表している。そこにあるのは安らかな昇天であり、死の静謐である。しかしその2の第2主題は、覆い隠されてはいるものの、その1の第2エピソードと同一のものである。すなわち最終的な到達点であるニ長調は、主題が初めに現れるときには既に運命づけられていたのである。
 これは全ての人間にとって示唆的である。安らぎをもたらす昇天は、あらかじめ決められた死の運命と同一であること。やがて死ぬべき運命を背負ったmortalの、それは悲しい帰結である。
 作者は1952年北海道に生まれ、宮城教育大音楽専攻を卒業。在学中は同大マンドリン部指揮者として活躍した。作曲を福井文彦、佐藤真、ピアノを大泉勉、フルートを小出信也の各氏に師事。1977年には日本マンドリン連盟主催の第2回作曲コンクールにおいて「マンドリン合奏の為の二章」が1、2位なしの第3位に入賞。1979年の第3回作曲コンクールでは本曲が佳作に入っている。 近作には、昨年の第26回宮城教育大学マンドリン部OB演奏会にて発表された「Fantasic Prelude」などがある。


参考文献:
マンドリンオーケストラコンコルディア第24回定期演奏会パンフレット
やなぎだ音楽工房 http://www4.hp-ez.com/hp/ongaku-kobo/

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2014年06月09日

「麗しきイタリア」序曲

「麗しきイタリア」序曲 
LA BELLA ITALIA,Sinfonia
フランチェスコ ジェムメ
Francesco Gemme(生没年不詳)

 作者ジェムメについては残念ながら詳しい経歴は解っておらず、19世紀末にイタリア軍楽隊長を務めていた際に本曲が作曲されソルモーナの長官アントニオ・ドット・デ・ダウリに恭しく献げられている。19世紀末当時のイタリアといえば統一運動によってイタリア王国が成立され、さらなる領土拡大を図る為にエチオピアへと侵攻を進めていた時代である(第一次エチオピア戦争)。本曲は第一次エチオピア戦争がイタリア王国の敗北によって終戦を迎えた1896年に出版されており、戦争に破れはしたがイタリア王国軍が故郷の為に進撃を続ける際の行進曲として作られた意味合いが強いように思われる。
 本曲の原譜は吹奏楽編成によって作曲されており、中野二郎氏によってマンドリンオーケストラへと編曲された。楽曲構成は大まかに急-緩-急によって形成され明朗快活なイタリア風序曲として作曲されており、緩部分のLarghetto Sostenutoで奏でられる情緒溢れる旋律はイタリアの美しい風景を思い浮かべる事が出来る。
 本曲を通じて作曲された当時の時代背景や、現代も中世以降の歴史的建造物が残るイタリアの美しさを少しでも感じていただければ幸いである。

中野二郎著「いる・ぷれっとろ」http://homepage1.nifty.com/yasu-ishida/ILPlettro/ILP-Framemain.htm
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2014年06月07日

宗教的旋律「幻影」

宗教的旋律「幻影」
VISION, Melodie Religieuse
エドアルド メッツァカーポ
Edouardo Mezzacapo (1890s - 1942)

 作者はイタリア出身のマンドリニストで19世紀の末にフランスのパリに出てマンドリンの教授と作曲で活躍した。一時期はイギリスのロンドンに渡ったが、1912年にはパリに戻り、音楽学校の教授やマンドリン合奏の指揮を行ったという。マンドリンのために多数の作曲があり、本邦でも「アンダンテとポロネーズ」や「マンドリニストの行進曲」などが親しまれている。
 本作の楽譜には”Hommage a Madame la Princesse A. de BROGLIE”と書かれており、はアルベール・ド・ブロイ公爵(ド・ブロイ波で著名なルイ・ド・ブロイの祖父にあたる)の夫人(1825-1860)への敬意をこめて作曲されたと推察される。楽譜はフランスのJ. Rowiesから出版されており、カタログには作者のマンドリン曲が数十曲にわたって掲載されている。いずれもマンドリンとピアノ(またはハープ)、またはマンドリンとマンドラとギターという編成あるいはそのサブセットで演奏できるように構成されていたようである。本日の演奏では、四部合奏版を元に松本譲氏が低音部の補筆を行った版で演奏する。
 本曲はロ短調の緩やかな主題とやや前進感のあるト長調の中間部からなる三部形式による。曲の最後では主題は長調に転じて、宗教的な救済を受けて曲が閉じられる。小品ではあるが、丁寧に構成された佳曲である。

中野二郎著「いる・ぷれっとろ」http://homepage1.nifty.com/yasu-ishida/ILPlettro/ILP-Framemain.htm
IMSLP, Petrucci Music Library 内のMezzacapoの項目http://imslp.org/wiki/Category:Mezzacapo,_Edouardo
※Wikipedia 英語版 http://en.wikipedia.org/wiki/Eduardo_Mezzacapo では、生没年が1832-1898とされている。

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田園組曲

田園組曲
Suite Campestre (1910)
サルヴァトーレ ファルボ ジャングレコ
Salvatore Falbo Giangreco (1872. 5. 28 Avola ~ 1927. 4. 8 Avola)

「我々は、我々の楽器のための真のレパートリーを持たなくてはならない。」
 イタリアマンドリン音楽界の最大の功労者、アレッサンドロヴィッツァーリのこの言葉に最も賛同し、共感を持った作曲家はおそらくサルヴァトーレファルボジャングレコその人であろう。ファルボはプレクトラムオーケストラのための重要な作品を残すのみならず、その著書である複数の論文の中でマンドリンのためのオリジナル作品の重要性について述べている。
 本曲の書かれた1910年は、イタリアマンドリン音楽における大きな過渡期であったと言える。前記ヴィッツァーリによって1906年に創刊されたIl Plettroはすでに1906年と1908年にそれぞれ作曲コンコルソを主催し、マンドリン音楽のための新たなレパートリーを提供していた。これより前のマンドリンのための作品は、単純な構成と楽想をもつ標題音楽の小品が多くを占めており、深い音楽性をもつものは非常に少なかった。この傾向は1906年の第1回作曲コンコルソにおいても同様であり、募集部門は小品向けのものであり、受賞曲も大半は小品であった。1908年の第2回作曲コンコルソでは現在なお良く知られたアマデイの「海の組曲」やマネンテの「メリアの平原にて」などの大曲が受賞曲に並ぶようになる。
 このような変遷はマンドリンがそれまでの局所的な民族音楽の領域から、普遍的な音楽性を獲得するにいたる過程であったと言える。特にこの第2回作曲コンコルソの受賞曲は示唆的である。第1位を受賞した海の組曲のような、舞曲調の標題を有する小品を組み合わせることによってひとつの大作を作り出すという発想は従来の小品中心の作風からの自然な延長であると言えるであろう。このような手法を用いれば従来の作品に慣れ親しんだ人々にほとんど違和感なく大作を受け入れさせることが可能であったに違いない。一方で意欲的である単一楽章のメリアの平原にては2位ですらない上位佳作に終わっており、この差はそのまま当時の音楽の受け入れられやすさを反映していると考えられる。
 それでは古典音楽の延長にある曲はマンドリン音楽としては受け入れられないのか? それに対して独自の解答を出したのが、ファルボの作による本曲「田園組曲」である。田園組曲は一瞥してわかるように舞曲調の作品を集めた標題音楽による組曲であり、その意味では従来のマンドリン作品の延長線上に位置すると言える。しかしファルボはこの曲を作曲するに当たって楽式としてのソナタを採用した。プレクトラムオーケストラのためにソナタを書くという概念は当時すでにあり、良く知られたマネンテの「マンドリン芸術」やボッタキアリの交響曲「ジェノヴァ市へ捧ぐ」などが存在していた。これらの音楽はたしかに古典の延長線上にあって一流の音楽性を備えているが、その一方で従来のマンドリン曲とはかけ離れていた。田園組曲はこのようにともすれば乖離しつつあった「古典の延長の音楽」と「民族音楽の延長の音楽」という2つの要素をひとつに纏め上げた点が歴史上特筆に価する。これは当時すでに先人が築きつつあったマンドリン音楽へのエネルギーをそのまま深い音楽性をもったレパートリーへと向けさせるために非常に重要な役割を果たしたと言える。このような曲はマンドリン音楽を真摯に考えていたファルボでなければ書けなかったであろう。本曲の登場以降、プレクトラムオーケストラのための深い音楽性をもった曲が次々と登場し受け入れられていったが、その土壌を作るために本曲が果たした役割は非常に大きいと考えられる。

 作者はシチリア島のアヴォラに生まれ、同地に没したイタリアの作曲家。Falboが姓であり、Giangrecoは母方の姓を名乗ったものである。パレルモのコンセルヴァトーリオにおいてCasi とStronconeにピアノを、Favaraに対位法とフーガを、Zuelliに作曲法を学んだ。1896年にピアノと作曲法のディプロマを得て、シチリア島のニコーズィアの吹奏楽団の指揮者となり、その後アヴォラの吹奏楽団に指揮者として迎えられた。マンドリン合奏のためには本曲の他、1911年のIl Plettroの第4回コンコルソで第1位を受賞したOuverture in Re minore(序曲ニ短調)、1921年の第5回コンコルソで第1位を受賞したSpagna “Suite”(「組曲」スペイン)、同じく第1位を受賞したQuartetto a Plettro(プレクトラム四重奏曲)などがある。作品数は多くないが、いずれもマンドリンのための重要なレパートリーとして受け入れられている。
 本曲は作者のOrchestra a Plettroのための作品としては最初のもの(マンドリンのための小編成の作品はこれ以前にあった)で、1910年のIl Plettroの第3回のコンコルソに応募された。このとき、規定の第1位に相当する作品は無いとされたが、本曲およびU. BottacchiariのIl Voto(誓い)、L.M-VogtのOmaggio al Passato(過去への尊敬)の3曲が特別推選作品として金牌を受賞した。本曲ははじめ手写譜にて頒布されたが、改訂を経て1925年に改めて浄書譜として出版されている。本曲には”Suite Campestre”(田園組曲)の他に”Scene Campestri, Suite”(組曲 田園写景)という題名も知られている。楽譜には手写譜版も浄書版も”Suite Campestre”と記載されているが、”Scene Campestri”と記載されている表紙が存在するとのことである。
 浄書版における改訂の多くは、オーケストレーションに関するものである。浄書版ではマンドラやギターに "in sostituzione del Mandoloncello" (マンドロンチェロの代用)という記述が多く見られるとともに、マンドローネにしか割り当てられていない音が無くなっている(結果として、ギターが最低弦D調弦になっている)。これは出版当時の実用的な合奏編成に合わせたものであると考えられる。当時のマンドリン合奏曲は大部分がマンドリン2部、マンドラテノール、ギターの4部合奏に書かれており、低音部が充実した合奏団は多くなかったことが推察される。マンドロンチェロやマンドローネといった低音楽器が使用できない合奏団でも一応の演奏が可能なようにするという要求が浄書版の出版にあたって存在したのかもしれない。ただし、オーケストレーションの変更は低音部だけではなく、マンドリンの扱いも含めて変えられており、強奏部でのパートの追加やサウンドを華やかにするオクターブの追加が見られる。また、オーケストレーションに関しない改訂として、一部の旋律線の変更やリハーモナイズ、第2楽章の最終小節の削除などがある。このように浄書版における改訂箇所には、当時の合奏編成に合わせたと推察される変更とそれ以外の変更の両方が含まれている。本日は、低音部が充実した現代の編成でよりファルボらしさを感じられる楽譜として改訂前の手写譜版の楽譜を用いて演奏する。素朴ではあるが瑞々しさを感じされるサウンドは、聴覚上でも新鮮な感覚を与えてくれると期待している。

 本曲はI. Danza a Vespro (夕べの踊り) 、II. Serenatella (小セレナータ)、III. Alba di Festa (祭りの朝)の3楽章からなる。
 第1楽章の標題にあるVesproは時刻としての夕べだけでなく、宗教的な「夕べの祈り」と結びついた単語である。浄書版の出版譜では”DANZE A VESPRO”と踊りを意味するDanzaが複数形で書かれており、曲自体が舞曲であるというよりは踊りの風景を描写した音楽であるということが示唆されている。第2楽章のserenatellaは夜に窓辺で演奏する音楽であるserenata(セレナーデのイタリア語)に縮小辞の-ellaがついたもの。第3楽章のalba di festaは祭りの夜明けの意味である。すなわち、本曲は祭日の前日の夕べから夜、夜明けまでの一連の風景を描いたものであり、3楽章の構成に時間の流れが意識されている。
 3つの楽章はそれぞれソナタ形式、三部形式、ロンド形式からなり、古典のソナタを意識した楽式を取っているが、いずれも急速な楽章であることは特徴的である。
I. Danza a Vespro, Allegro con brio 3/4, ト長調, ソナタ形式
 第1主題は2小節からなる単一の動機をもとに作られている。ト長調に開始し、主題の確保もなされるが内部の転調は現れるごとに変化する。平行和声進行が特徴的な経過句を経て、第2主題がハ長調-ホ長調で提示される。展開部の前半では第1主題のリズム上に第2主題が奏され、後半は第1主題の展開を中心に空虚5度の野趣に満ちた楽想を取る。再現部では、第1主題が属音保続音を伴った主調で再現される。第2主題は提示部における経過句の平行和声に乗せる形でハ長調-ト長調で再現される。
II. Serenatella, Allegro 3/4, ハ長調, 三部形式
 繰り返しのある三部形式による。リート形式による中間楽章であるが、テンポは快速である。中間部におけるファルマータや楽章最後の終結部など、外形的に改訂前後の違いが最も大きい楽章。なお、手写譜版では繰り返しは省略してもよいと記述があるが、本日は省略せずに演奏する。
III. Alba di Festa, Vivace 4/4, ト長調-ハ長調, ロンド形式
 小ロンド形式による。ロンドの主題はそれ自体がト長調からハ長調の流れを有しており、これは本曲全体の調の流れと同一である(曲内部で属調-主調の流れを持たせて曲の開始と終結の調を異なるものとする構成はファルボがよく用いた手法である)。コラールのような第1エピソード、マンドリンソロが特徴的な第2エピソードと主題の小展開部を織り交ぜて、最後はハ長調で曲を閉じる。

参考文献:
同志社大学マンドリンクラブ第132回定期演奏会パンフレット付録資料「アレッサンドロ・ヴィッツアーリとイル・プレットロ誌の作曲コンクールについて」
岡村光玉氏によるサルヴァトーレ ファルボとマンドリン音楽(中原誠 発行) http://www.ne.jp/asahi/mandolin/falbo/

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