2015年06月16日

組曲第1番

組曲第1番
Suite Nr.1 für Zupforchester, Op. 29 (1935)
コンラート・ヴェルキ
Konrad Wölki (1904.12.27 Berlin 〜 1983.7.5 Berlin)


I. Präludium
II. Courante
III. Sarabande
IV. Gavotte
V. Gigue

 作者はドイツの作曲家、マンドリン奏者で、マンドリン合奏の地位向上に貢献した。12歳の時にベルリン王立オペラ児童合唱団のメンバーとなった。18歳の1922年にマンドリンオーケストラフィデリオを結成した。この合奏団は何度か名称変更して、最終的に1937年にベルリナーラウテンギルデ(ベルリンリュート組合)という名前になった。1934年から1940年までシュテルン音楽院で撥弦楽器を教え、1948年から1959年までライニッケンドルフの市民音楽学校を指導するなど教育方面で活躍した。ヴェルキは多数の作曲や編曲、マンドリンの歴史の研究、マンドリン教本の出版などを通じて撥弦楽器の認知度を高めた。
 作風は初期には大編成のロマン派、中期は小規模なバロック風、後期は近代的な和声やリズムを取り入れて、晩年には全日本高等学校ギター・マンドリン音楽振興会との交流を通じて原点回帰した(中期に作曲された本曲は、このつながりでギター合奏用にも編曲されている)。
 ドイツのマンドリン合奏曲は初期においてはトレモロ奏法の多用や管楽器などの導入を含めた大編成化によるオーケストラ志向が強く、ヴェルキの初期の作品はその中心的存在であった。その中で1933年にHermann Ambrosiusが組曲第6番を作曲し発表すると、そのピッキング主体の奏法、小編成の響き、新古典主義などの作風に可能性を感じたヴェルキらが追従し、現在のドイツにおけるツプフ音楽の流れの原点となった。アンブロジウスの音楽がいかにエポックメイキングであったかは議論の余地が無いが、既にドイツのマンドリン音楽において地位を築いていたヴェルキの追従はそれが全体に波及する上で特別の意味があることであったに違いない。
 本曲は組曲第6番の影響を受けてヴェルキが作曲した作品であり、擬古典的な形式やピッキング重視(トレモロ奏法は本曲では完全に排除されている)などの特徴が端的に表れている。後に作曲された組曲第2番Op.31が同様の作風を持ちながらもより自由に昇華しているのに対して、本曲には作者にとっての新しい作風に厳格であろうとする姿勢が感じられる。ヴェルキはマンドリン合奏用にGeorg Friedrich Händelのクラヴィーア組曲第2集第4番HWV437を編曲しているが、それを研究することを通じてバロック様式を学んだと考えられ、本曲の舞曲様式にはその曲との類似性が強く表れている。作者の没後、埋葬の際にはかつてのラウテンギルデのメンバーが本曲を演奏したという。
 本曲は古典組曲(バロック舞曲による組曲)の形式を持ち、前奏曲、クーラント、サラバンド、ガヴォット、ジーグの5つの楽章からなる。古典組曲の基本舞曲から最初のアルマンドが省略されており(その代わりに前奏曲が置かれている)、間奏舞曲にはガヴォットが選ばれている他、ジーグの直前にはサラバンドのリズムによる短い間奏Zwischenspielが挿入されている。舞曲の様式は前述のようにヘンデルのクラヴィーア組曲のそれを基本としているが、バロック様式からの逸脱も見られる。それはヴェルキの個性であり、本曲のバロックパスティーシュとしての魅力である。

参考文献:
Wikipedia, Die freie Enzyklopädie (ドイツ語版) http://de.wikipedia.org/wiki/Konrad_Wölki
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2014年06月14日

第42回定期演奏会

マンドリンオーケストラコンコルディア第42回定期演奏会
日 時 2014年6月21日(土) 開場:16:30、開演:17:00
場 所 かつしかシンフォニーヒルズ・モーツァルトホール
(京成本線「青砥駅」徒歩7分)
入場料 無料(チケットなしでもご入場いただけます)

第1部
田園組曲 Salvatore Falbo Giangreco
宗教的旋律「幻影」 Edouardo Mezzacapo
「麗しきイタリア」序曲 Francesco Gemme / 中野二郎 編曲

第2部
2つのエレジー 柳田 隆介
Focus On/Off 小林由直 (委嘱初演)

第3部
Ouverture Historique 歸山 榮治
望洋の詩 宍戸 秀明
マンドリンオーケストラの為の群炎VI「樹の詩」 熊谷賢一

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マンドリンオーケストラの為の群炎Y「樹の詩」

マンドリンオーケストラの為の群炎Y「樹の詩」(1984)
熊谷 賢一
Kenichi Kumagai(1934.2.16 Yokohama〜)

 作者は1934年に横浜に生まれ、愛知学芸大学卒業後、間宮芳生、助川敏弥の両氏に師事、NHKの委嘱による作曲、指揮活動を開始した。その後、川島博、中川弘一郎の両氏と「三音会」を結成し、各種音楽団体の委嘱による作曲活動をはじめとしてドラマ、映画、舞踊、室内楽、合唱、幅広い活躍を続け、また現代音楽集団、土の会、東海音楽舞踊会議など多くの団体に所属し活発な創作活動を展開してきた。合唱曲の分野では特に多くの作品があり、雑誌「教育音楽」において73年より継続して小中高生の為の合唱曲を多数発表した。90年には朝日新聞社・日本合唱連盟主催による第一回朝日作曲賞で「イタリアの女が教えてくれたこと」が第一位を受賞している。マンドリン合奏には実験的な音楽から平易なアンサンブル用の作品まで多くの作品を残しており、ボカリーズT〜X、群炎I〜VI、ラプソディーI〜VI、バラードI〜VI、プレリュードI、等がある。作者のマンドリン合奏のための作品は、学生団体の不作法や著作権処理の不備などを理由に1996年から2000年の間演奏凍結がなされていたが、氏の作品を初演するなど縁の深いプロムジカマンドリンアンサンブル(広島)の創立者であった高島信人氏の働きかけや斯界からの熱心な要望もあり、現在では作者との適切な手続きを踏まえて演奏が可能となっている。
 本作は1984年、広島のノートルダム清心中学・高校マンドリン部の委嘱で作曲された。現在のところ、群炎X「祈りと希望」と合わせ作者後期の最大作かつ集大成と言ってもいい作品である。この二つの作品はいずれもが「反戦・反核」といった熊谷氏の音楽上のテーマを陰と陽の二つの側面から描いた作品群として興味深いものがある。群炎Xが複雑なハーモニーの中に一筋の光を見いだすシリアスな作品であるのに対し、本作は素直でおおらかな楽想に溢れた抒情性豊かな作品である。
 本作で描かれているのは 「百年は草も生えない」と言われたヒロシマの地に、樹々が再生していく姿に、人と街の復興を重ねた情景である。美しい広島の原風景、街の再生に向けひたむきに繰り返される労働、そして緑が甦る街。ギター合奏やマンドリン属だけの合奏、ソロ奏者によるアンサンブルと響きの質に巧みにバリエーションを付けながら、自然・人々・街が共に共鳴しあいながら現代にいたる再興を遂げていく叙景的な様は群炎の系譜としては異質にも映るが、根底に流れる力強いエネルギーと主題の変容する様はまさに群炎そのものと言えるだろう。冒頭ギター合奏で演奏される本作全体を彩る主題は作者が十数年に渡り積み重ねたマンドリン合奏作品による「歌唱表現」の到達点であろう。
 熊谷作品が描くものは、あるものは「河」だったり「風」だったり、またあるものは「大地」であったりと叙景的に映るが、共通している真のテーマは「人間」であり「人間讃歌」である。そしてその人間が産み出してしまった兵器の廃絶と「平和への祈り」である。これこそが熊谷氏が音楽を書き続けてきた理由であり、すべての「歌」はこの「祈り」に通じている事を忘れてはいけない。
 シリアスかつ斬新な響きの前期作品とある意味対極にあるとも言える後期の熊谷作品。「歌」を紡いで「祈り」続けてきた熊谷作品には、おおらかな心と豊かな感受性に裏付けされた「うたごころ」が脈々と息づいている。コンコルディアは熊谷氏がその音楽人生をかけて産み出してきた「歌」と「祈り」を大切に守り、伝えていきたい。

解説:横澤恒
参考文献:明治学院大学マンドリンクラブ第25回定期演奏会パンフレット
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Ouverture Historique

Ouverture Historique (1970)
歸山 榮治 作曲
Eiji Kaeriyama (1943.5.25 Ono〜)

 作者は1943年福井県大野市に生まれ、62年名古屋大学文学部入部と同時にギターマンドリンクラブに入部、一年後指揮者となった。その後中田直宏氏に作曲を学び、クラブ内外で編曲を含め多くの作品を発表してきた。またチルコロ・マンドリニスティコ・ナゴヤをはじめとして、大学・社会人のマンドリン団体を数多く指導しており、現在日本マンドリン連盟中部支部理事、東海音楽舞踊会議運営委員長をつとめる。作品は多岐に渡り、マンドリン合奏曲以外にも吹奏楽曲、邦楽曲、合唱曲、劇音楽、舞踊音楽など多くの作曲、編曲活動に携わっている。 1981年名古屋市芸術奨励賞授賞。マンドリン合奏以外ではギター合奏に継続的な作品が書き下ろされており、現在十数曲を数えている。
 作者のライフワーク言っても過言ではない「Ouverture Historique 」の系譜はまさに作者の人生そのものであり、はたまた日本国家のその都度都度の歴史的背景とその時代に生きた人すべての人生そのものとも言い換える事が出来る。Ouverture Historiqueはフランス語であるが、直訳すると歴史的序曲となり、実際にそのような名称で呼ばれることもある。しかしOuverture Historiqueの命名にあたっては、音楽上の序曲という単語だけでなくフランス語の”Ouverture”がもともともつ「切り拓くこと」という意味が意識されている事は昨年のNo.7の委嘱にあたり、作者自身が語った言葉からも明らかである。
 本曲は1970年12月、名古屋大学ギターマンドリンクラブ第13回定期演奏会で作者自身の指揮で初演されたが、1976年に大幅な改作が行われ、更に1978年にも76年版をもとに改作され、最終的にOuverture Historique No.2として決定稿を見る事となった。作者自身が「アマチュア」の作品として大幅な改訂に踏み切った事からもわかる通り、3つの異版が存在しながら、現在この版での演奏は滅多に聴かれる事はない。しかしながら本作がOuverture Historiqueの系譜の原点として多くのファンに愛され続けている事は作者の作品研究に置いても大きな意味を持つ事と言える。
 本曲が生まれた翌年の1971年8月、名古屋に置いて開催された「第7回東海学生マンドリン連盟合同演奏会」は現在に至る日本人作曲家によるマンドリンオリジナル作品を振り返る上で、史上最大のターニングポイントと呼べる演奏会であった。この年初演された作品は、熊谷賢一氏の「群炎T」、川島博氏の「北設楽民謡〜せしょ」。まさにマンドリン合奏の特性を熟知しなかった作者によって、不朽の名作と呼べる作品が全く同時に産み出された事は当時の斯界の人々には大きな驚きであったと同時に、この年代がマンドリン合奏の可能性を「切り拓く」新時代の幕開けだったと呼べるであろう。この年以降、所謂東マン合演は、さながら新曲発表会の様相を呈して行く事となる。これらの行事を勇気を持って押し進めた先達に対し、心からの敬意を評したい。ちなみに1970年は大阪万博、よど号ハイジャック事件、三島由紀夫の割腹自殺、ビートルズの解散、歩行者天国の開始などがあった年で、まさに戦後が少しずつ過去のものとなり昭和が大きく変転していく端緒の年とも言えるかもしれない。
 作品は大きく分けて3つの主題、すなわち激しい変拍子の攻撃的な主題A、優しく慰めに満ちた主題B、独特の不規則なリズムとアクセントを持つ主題Cから構成されており、前半<序奏部-A-B-A>、後半という明快な形式となっている。天地開闢を思わせる序奏、中間部で突如現れる1stマンドリンからコントラバス、マンドローネまで一気に駆け落ちる豪快なスケール、熱狂の坩堝と化して突き進む終結部などそれまでのマンドリン合奏曲では考えられなかった特徴を持っている。
 歸山作品の根底には常に、「現代社会の人間疎外の憂鬱の中で『人間の持つ宿命的な寂しさ』をしっかり見つめ、いかにして人間らしく生きるか」という命題が連綿として流れており、こうした想いが現代社会の様々な軋轢の中に生きる私たちの心を厳しく諭し、あるいは優しく包み込み、見失いがちな本来の人間としてのあり方や、未来を切り拓く姿勢を質すものとなっている。

解説:横澤恒
参考文献:帰山栄治普及振興協会編「帰山栄治作品解説集」
      http://www.bass-world.net/cgi-bin/kaeriyama_works/wiki.cgi
      コンコルディア第22回定期演奏会パンフレット
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望洋の詩

望洋の詩 (2011)
宍戸 秀明 作曲
Hideaki Shishido (1959.Sendai〜)

 作者は1959年仙台市生まれ。現在名取市在住。宮城県内の支援学校教諭。国立特殊教育総合研究所研修講師(平成9年度〜平成23年度)。文部省「病弱教育の手引き−教科指導編−」編集協力委員。宮城県芸術協会会員。宮城教育大学時代はマンドリン部に所属。1999年の日本マンドリン連盟第6回日本マンドリン合奏曲作曲コンクールにおいて、「受容と変容〜病気や障害に悩む人とその家族のために〜」で第3位を受賞している他、秋田のドンパン節をモチーフにした「DON−PAN」、スペイン風の「Duende」、「風にのって」は「葉っぱのフレディー考」というサブタイトルが付き、支援学校の教員である宍戸氏ならではの作品であり、マンドリン合奏のために数々のユニークな作曲を行っている。
 「望洋の詩」には「海に向かう心穏やかに」、という奥付がついているが、これは作曲者曰く、鎮魂を意味するものではなく、海辺の住む仲間たちが震災後にもう一度集まって合奏できる事を願ってのもので、明るく表現して穏やかな海を表現したいとの意向を持っての事である。本作で謡われる海は宮城県の金華山を望む牡鹿半島御番所公園から見渡したコバルトブルーの南三陸の海との事を付記したい。

解説:加藤弘剛、横澤恒
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