2017年06月06日

歌劇「カヴァレリア・ルスティカーナ」より交響的間奏曲

歌劇「カヴァレリア・ルスティカーナ」より交響的間奏曲
“Cavalleria Rusticana” Intermezzo sinfonico (1890)
ピエトロ マスカーニ 作曲 清田和明 編曲
Pietro Mascagni (1863.12.7 Livorno~1945.8.2 Roma) / Rid. Kazuaki Kiyota

作者はイタリアの作曲家。生地のケルビーニ音楽学校でピアノと作曲を学び、卒業にあたってカンタータIn Filandaを書き、賞金を得た。またシラーの「歓喜の歌」に作曲し、それがミラノのコンクールに入選したためにラルデレル伯爵の目に留まり、ミラノ音楽院に留学することとなった。ミラノ音楽院ではポンキエッリらに学び、学友のプッチーニと一室を借りて暮らしたが中途退学した。その後は歌劇団などに加わって放浪を続けたが、チェリニョーラで結婚して定住し、本作を作曲することとなった。
カヴァレリア・ルスティカーナは一幕の歌劇で、現実的な題材で激情と抒情と対比させるヴェリズモ(現実主義)オペラの最初の代表作とされている。ジョヴァンニ・ヴェルガの同名の短編小説に戻づくもので、1890年にローマの楽譜出版商ソンゾーニョが一幕の歌劇の作曲の懸賞を募集したのに答えて作曲され、一等に入選した。マスカーニは本作の成功により一躍有名となり、本作は作者の出世作であると同時に代表作となった。カヴァレリア・ルスティカーナとは田舎の騎士といった意味であるが、話の筋書きは恋愛を元にしたわだかまりの結果決闘が行われて悲劇に至るというものである。
交響的間奏曲は終盤の前に配置されたもので、単独でも演奏されることが多い特に有名な曲である。 2つの部分からなり、前半は原曲では弦楽とオーボエによる宗教的な雰囲気の音楽で、非常に美しい繊細な進行の和声が特徴である。後半は対照的に旋律を中心とした音楽で、最初の小楽節の動機を巧みに組み合わせて印象的な旋律が作られており、原曲ではオルガンとハープのハーモニーの上に全弦楽器のユニゾンによって豊かに旋律が奏される。編曲にあたっては原曲のオーケストレーションの持つ雰囲気を重視し、マンドリンオーケストラの基本構成の弦楽器によってそれを表現した。

「最新名曲解説全集 第20巻 歌劇III」音楽の友社 (1980)
「音楽大事典」平凡社 (1983)
「新訂 標準音楽辞典 第二版」 音楽の友社 (2008)
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ワルツ「金と銀」

ワルツ「金と銀」 (1902)
フランツ・レハール作曲 知久幹夫編曲
Franz Lehár (1870.4.3 Magyarország〜 1948.10.24 Bad Ischl)

 作者はハンガリーのコマーロムに生まれる。プラハ音楽院でドヴォルザークらに学び、軍楽隊長を経てウィーンでオペレッタ作曲家としてデビュー。「銀の時代」とよばれたオペレッタの第二黄金期を代表する作曲家となる。
1905年、『メリー・ウィドウ』で一躍人気作曲家となるが、次第に作風は喜劇一辺倒のオペラからを脱し、瀟洒な笑いを内包しながらシリアスなテーマを展開する独自の形を確立していく。特に、1925年に初演された『パガニーニ』、1927年の『ロシアの皇太子』、そして1929年の『微笑みの国』は、これまでのオペレッタには無かった悲劇であり、レハール独特のウィンナ・オペレッタ路線を象徴する傑作である。
1938年3月にナチス台頭のドイツがオーストリアを併合した後には、夫人がユダヤ人の生まれであったにも拘らずドイツのナチス党政権からの庇護を受けたが、そのもとで新作を発表することはなかった。
今日演奏されるレハールのワルツの多くは「メリー・ウィドウ」を始めとして自作のオペレッタから編曲されたものが多いが、「金と銀」はそれらとは生まれを異にしており、独立した管弦楽用ワルツとして作曲されたもの。本作は、1902年の謝肉祭の間に催されたパウリーネ・メッテルニヒ侯爵夫人主催の舞踏会のために作曲された。題名の「金と銀」とは、この舞踏会の課題名で、会場は銀色に照らされ、天井には金色の星が煌き、壁一面に金銀の飾りが付けられ、参加者も金銀に彩られた思い思いの装飾を纏っていたと伝えられる。今日では代表的なウィンナ・ワルツとして、ヨハン・シュトラウス2世などの作品とともによく演奏される。
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2016年06月17日

第44回定期演奏会

マンドリンオーケストラコンコルディア第44回定期演奏会
日 時 2016年6月18日(土) 開場:16:30、開演:17:00
場 所 かつしかシンフォニーヒルズ・モーツァルトホール
(京成本線「青砥駅」徒歩7分)
入場料 無料(チケットなしでもご入場いただけます)

第1部
序曲「祖国への愛」 Francesco Amoroso
抒情的間奏曲 Salvatore Falbo Giangreco
ファンタジーII 小櫻 秀爾

第2部
音楽絵画「市場にて」 Николай Будашкин/ 歸山 榮治 編曲
バイカル物語(ザバイカル開放30周年) Николай Будашкин/ 歸山 榮治 編曲
ソロヴァイオリンとマンドリンオーケストラのための「協奏詩曲」 歸山 榮治

第3部
シンフォニエッタNo.5 大栗 裕
群炎III 熊谷 賢一

44th.jpg
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2016年06月14日

音楽絵画「市場にて」(1946) 「バイカル物語」ザバイカル解放30周年(1950)

音楽絵画「市場にて」(1946)
"На ярмарке". Музыкальная картинка
「バイカル物語」ザバイカル解放30周年(1950) 
"Сказ о Байкале" 30-летие освобождения Забайкалья

ニコライ パヴロヴィッチ ブゥダーシキン 作曲 歸山 榮治 編曲
Николай Павлович Будашкин (Nikolay Pavlovich Budashkin) / Rid. Eiji Kaeriyama
(1910.8.6 Любаховке ~ 1988.1.31 Москве)

 作者は現在のカルーガ州にあるLyubahovkeの村に生まれモスクワで死去したロシアの作曲家。幼少期よりアマチュアのブラスバンドおよびロシア民族楽器オーケストラに親しみ、1929年にモスクワ州立の音楽学校に入学、1937年には作曲科を修了した。1945年から1951年までバラライカ奏者であるOsipov兄弟の名を冠するオシポフ記念国立民族楽器オーケストラの指導助手を務め、そのオーケストラのために多くの作品を作曲した。1965年からはモスクワ州立芸術文化大学にて教鞭を取った。ロシア幻想曲、ドゥムカ、ロシア狂詩曲などの作品により、2度のスターリン賞を受賞。民族楽器のための音楽の他、映画音楽などに作品を残している。
 現代のロシア民族楽器オーケストラはペテルブルグに生まれ、幼少時より民族楽器に親しんだワシーリー・アンドレーエフによって改良されたバラライカやドムラなどの撥弦楽器を中心に構成された大ロシア合奏団に端を発している。アンドレーエフは1882年イタリアを旅行し、ナポリでマンドリンオーケストラの演奏を聴き、イタリア人が自国の民俗音楽をいかに愛しているか、それに比較し悲しい運命を辿った自国の民俗音楽に嘆きを覚え、ロシア民族楽器オーケストラの近代化に着手したと言われている。彼のオーケストラ創立のプランは以下のような物だった。「私はモスクワ国−つまりロシア中部地域の人が演奏していた楽器全てを復興させようと思う、私の作ったバラライカグループにドームラを加えて、更にグースリ、ジャレイカ、そしてラジョーク、多分グドーク、最後はナクルイや他の打楽器も復興させるのだ」。アンドレーエフの楽旅は各地に大ロシア合奏団を手本とした民族楽器オーケストラを産む事となった。その中ではパリ万博前後に、イタリア風、マンドリンをモデルに作られた楽器など心ない中傷を受ける事などもあったが、長きに渡り西洋弦楽器との比較による誹りと闘い続けながら、当時の欧州のマンドリンオーケストラが大衆化と共に、その表現力の拙さから音楽的地位の向上を遂げられなかった事と比して、交響楽的発展を遂げ、後年には大衆性を維持しながらもトルストイの称賛を受ける等独自の芸術的地位を確立するに至った。
 バラライカやドムラのようにトレモロを比較的多く使用する表現方法など、ロシア民族楽器オーケストラのサウンドはマンドリン合奏と通じるものがあるが、マンドリン音楽の発展のためには「大衆性」を有するレパートリーの充実が必要と考えた編曲者の歸山氏は、親しみやすい音楽としてこれらロシア民族楽器オーケストラのレパートリーに着目しその作品をマンドリン合奏に編曲する活動を行った。編曲活動を始めた後に歸山氏はモスクワへ渡航し、病床にあったブゥダーシキンを訪問した。既に本人との意思疎通は難しかったが、夫人にマンドリン合奏へ編曲した演奏の録音を披露したという。
 本日演奏するブゥダーシキンの二つの作品はいずれもモスクワ音楽社1987年発刊のАнтология литературы для оркестра русских народных инструментовと題された作品集第4巻に収載された楽曲。本アンソロジーはブゥダーシキンの作品のみで構成されているが別巻も含め様々な作曲家のロシア民族楽器オーケストラ作品を収載している。
 いずれの作品もドムラ、バラライカを中心とする編成に打楽器とバヤン2台、グースリという編成で書かれているが「市場にて」ではウラジーミルホルンも登場する(本日はアコーディオンで代奏)。バヤンはもともとは11世紀ロシアの吟遊詩人に名を発する独自の鍵盤配列を持った民族楽器の一つであったが、18世紀後半にドイツから来る季節労働者が持ち込んだ小型アコーディオンのガルモニカの普及とともに発展し、現代モデルではボタン式アコーディオンとほぼ同じ構造を有している。一方グースリはロシアの撥弦楽器でチター型弦楽器に属し、この国では最も古い起源を持つ楽器と言われる。響きや構造はカンテレとよく似たものであるが、本日使用する鍵盤型の他、翼型、兜型など様々なバリエーションのある楽器で、著名なグースリ奏者のオルガ・シシュキナ女史の演奏するグースリは翼型グースリである。現在のロシア民族楽器オーケストラではニコライ・フォーミンが19世紀末に箱型グースリを元に設計した弾弦型と鍵盤型の2種のグースリが使用されており、前述のオシポフ記念オーケストラでも同様である。この2種の楽器が加わる事による音色の変化は誠に驚嘆すべきものである。
 「市場にて」は快活単純な舞曲調の旋律の合間に民謡風の哀愁を帯びた中間部を有する小品で、ロシアのアマチュア民族楽器団体でもしばしば演奏されている作品。
 「バイカル物語」はオリジナル作品は1970年代よりヴィタリ・グヌトフ指揮オシポフ記念オーケストラの演奏が知られて来たが、帰山氏がソ連公演時に編曲し、斯界でもその名を知られる事となった。現在ではニコライ・カリーニンの指揮による同楽団のCDが入手可能である。原譜の副題にはザバイカル解放30周年と書かれている。ザバイカル(トランスバイカル)とはバイカル湖の北東側地域を指す。ロシア革命後、ロシアでは革命側の赤軍と反革命側の白軍に分かれたロシア内戦が起こり、白軍には干渉国が支援を行っていた。ザバイカルでは白軍指揮官であったグレゴリー・セミョーノフが立ち上げたザバイカル共和国がシベリア出兵を行った大日本帝国の傀儡国家となっていた。1920年ザバイカル共和国は赤軍やパルチザン活動の攻撃によって瓦解し、日本軍も撤退した。本曲はそれによるザバイカルの開放を記念したものと推察される。曲の背景は別として雄大な旋律と静かな湖面を彷彿とさせる透明感のある弦の響きとグースリによるきらびやかな装飾はえも言われぬ美しさである。本日の演奏では奏法、音色ともロシアの響きを再現出来ないかにチャレンジしている。
 主題となっている旋律「聖なる湖バイカル」は帝政ロシアからの独立をめざすポーランドの運動の中で生まれた反体制愛国唄「ニーメン川のために」に、詩人ドミトリー・ダヴィドフ(1811〜1888)が創作した叙事詩「シベリア逃亡者の回想」の一節を歌詞としてつけたものである。その内容はバイカル湖周辺地区の鉱山で重労働につかされた政治犯の逃避行で、バイカル湖が自由への門口として美しく広がるさまや、途中で人情ある農婦や若者たちがパンや煙草を与えてくれるありがたみなど、逃避行の中で希望を膨らます革命家の心情が豊かに盛り込まれている。こうした背景をザバイカル解放と重ねて心情を表現したものと考えられ、雄大な旋律と静かな湖面を彷彿とさせる透明感のある弦の響き、グースリによるきらびやかな装飾はえも言われぬ美しさである。
なお、いずれも帰山氏の編曲を下地に、グースリとバヤンの採用を踏まえ原曲の記譜を採用している事を報告しておきたい。帰山氏に伺ったお話によるとブゥダーシキンを始めロシア民族楽器作品はそれぞれの楽団の規模や編成に応じて作者がその楽団用のオリジナルのバージョンを提供しており、複数のバリエーションが存在しているとの事で、なるほどオリジナルに見られる記譜とオシポフ記念オーケストラで聴かれる本作品の記譜は一部が違っているのはそういう次第かと合点がいった。なおオシポフ記念オーケストラによる「バイカル物語」の演奏はYoutubeでも聴く事が出来る(https://www.youtube.com/watch?v=kf0OSeBlNPA )。

Московская музыкальная компания Опубликовано в 1987 году. Антология литературы для оркестра русских народных инструментов vol.4.
Эта антология состоит только из произведений Будашкин.

Он написан в композиции, состоящей из ударных инструментов, двух баянов, гусели в образовании преимущественно Думуры и Балалайки.

≪Сказ о Байкале≫ славится исполнением мемориального оркестра имени Осипова, исполняющего Виталия Гнутова.
Оригинальный подзаголовок - 30-я годовщина освобождения Забайкалья.
Забайкару (Забайкару) - северо-восточный регион Байкала.
После русской революции российская гражданская война разразилась в России между Красной Армейской революцией и Белой армией антиреволюционной стороны, интервенционными странами, помогающими Белой армии.
В Забайкале Забайкальская республика, начатая Григорием Семеновым, белым командиром, была марионеточным государством Империи Японии.
В 1920 году Республика Забайкаль рухнула в результате нападения Красной Армии и партизанской деятельности. Японская армия ушла. Предполагается, что эта песня станет памятником открытия Забайкалья.

Тематическая мелодия ≪Священное озеро Байкал≫ - национальный гимн ≪Цель для реки Нимен≫, направленный на независимость от Императора России. Я поставил лирику на мелодию эпоса ≪Сибирских беглых воспоминаний≫, созданных поэтом Дмитрием-Давидовым (1811-1888).
История - это история побега политзаключенного, который был подвергнут каторжным работам на шахте в районе озера Байкал.
Озеро Байкал прекрасно расширяется как ворота к свободе, в том числе чувства женщин-медсестер и молодых людей, которые дают хлеб и табак в пути, обогащают революционные чувства, которые раздувают надежду на побег.
Считается, что выражают эмоции, перекрывая чувства с освобождением Забайкалья.
Грандиозная мелодия и эхо прозрачных струн, напоминающих тихую озерную поверхность, сверкающие украшения гусли - о красоте нечего сказать.


バヤン
バヤン.jpg

グースリ
グースリ.jpg

参考文献:
北川記念ロシア民族楽器オーケストラ https://kitaoke.tumblr.com/
ブリタニカ国際大百科事典
http://ez.chita.ru/encycl/
コンコルディア第41回定期演奏会パンフレット
50 лет освобождения Забайкалья от белогвардейцев и иностранных интервентов
ウラジーミル・ボリソヴィチ・ポポノフ 著、広瀬信雄 訳 『新版 ロシア民族音楽物語』 新読書社
ユーリー・バラーノフ著、北川つとむ序文 広瀬信雄 訳 『バラライカ物語』 新読書社
анных интервентов
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ソロヴァイオリンとマンドリンオーケストラの為の「協奏詩曲」(2005)

ソロヴァイオリンとマンドリンオーケストラの為の「協奏詩曲」 (2005)
歸山 榮治 作曲
Eiji Kaeriyama (1943.5.25 Ono〜)

 作者は1943年福井県大野市に生まれ、62年名古屋大学文学部入部と同時にギターマンドリンクラブに入部、一年後指揮者となった。
その後中田直宏氏に作曲を学び、クラブ内外で編曲を含め多くの作品を発表してきた。
 またチルコロ・マンドリニスティコ・ナゴヤをはじめとして、大学・社会人のマンドリン団体を数多く指導しており、 現在日本マンドリン連盟中部支部理事、東海音楽舞踊会議運営委員長をつとめる。 作品は多岐に渡り、マンドリン合奏曲以外にも吹奏楽曲、邦楽曲、合唱曲、劇音楽、舞踊音楽など多くの作曲、編曲活動に携わっている。1981年名古屋市芸術奨励賞授賞。マンドリン合奏以外ではギター合奏に継続的な作品が書き下ろされており、現在10数曲を数えている。
 1983年に作曲された、ソロマンドリンとマンドリンオーケストラの為の「協奏詩曲」はその初演ソロ奏者である榊原喜三氏がイタリアオリジナル作品を愛好することから多分にサービス精神を持って作曲されたという逸話を持つ作品。その後本作は87年にアンサンブル・フィル・ムジカの為にギター抜きの改作版、91年には再びギターを加えた再改訂版が作られ、それを基にこのヴァイオリン版が作曲されている。上記のような変遷の中で、初演版と比較すると和声構築がより現代的かつ明晰になり、比較的近作に近いものになってきている事は注目すべき点と言えよう。
 本作で描かれているのは「愛」の旋律と言われているが、陰影を帯びたメランコリックな旋律といびつな形のドラマティックなリズムが交互に出てくるところはただのラブソングで終わらない氏の面目躍如と言えようか。孤独なオトコの背中で語る「愛」の形は、いつの時代にもいる、不器用な形でしかキモチを表現できないオトコたちに慰めを与えるものと言える。旋律を奏でる楽器がマンドリンからヴァイオリンに替わっただけでこれ程にも印象が異なるものとなる事は初演時には想像もつかなかった事であろうが、また必然でもあったと確信出来る。透明にピンと張りつめた空気の中たゆとうように現れるヴァイオリンのフラジオレットは筆舌に尽くしがたい美しさである。「悲恋」と言えば美しいがその実、心の中のどろどろした部分はヴァイオリンでこそ表現されつくしたと言っても過言ではないだろう。帰山作品にしばしば現れるアンビバレントな感情の起伏は本作に置いては特に情感豊かに、そして改作を重ねた本版において、よりその相克する心の葛藤はよりリアルに描きだされたと確信する次第である。

参考文献:帰山栄治普及振興協会編「帰山栄治作品解説集」
http://www.bass-world.net/cgi-bin/kaeriyama_works/wiki.cgi
posted by コンコルディア at 19:08| Comment(0) | 過去の定演曲目解説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする