2017年06月06日

マンドリンオーケストラのためのシンフォニエッタNo.2 「ロマンティック」

マンドリンオーケストラのためのシンフォニエッタNo.2 「ロマンティック」
Sinfonietta No.2 “Romantic” for Mandolin Orchestra (1974)
大栗 裕
Hiroshi Ohguri (1918.7.9 Osaka〜1982.4.18 Osaka)

I. Allegro
II. Adagio
III. Allegro molto – Andante – Allegro molto

 作者は生涯を関西を中心とした日本音楽界の為に捧げた日本のクラシック音楽史上の大功労者。朝比奈隆に師事し、1941年旧東京交響楽団にホルン奏者として入団したのを皮切りに、多くの楽団に在籍、大阪音大講師に就任した。「浪速のバルトーク」の異名を誇り、日本人の土俗的かつ原始的な感情に根ざした作風でオペラ、管弦楽曲、吹奏楽曲等、多くの分野で作品を残した。1958年に大阪府芸術賞、1991年に日本吹奏楽アカデミー賞を受賞した。
マンドリンオーケストラのためにはシンフォニエッタを始めとした純器楽のほか音楽物語、ミュージカルファンタジー等を多数残しており、その総数は約40曲にも及んで作者の作品の中でも多くの割合を占めている。最近、大栗裕記念会により、ティーダ出版から作者の作品のファクシミリ版楽譜が出版されており、既にシンフォニエッタの1、2、5、6番と交響的三章「巫術師」が発売されている。
 コンコルディアでは大栗のマンドリンオーケストラのためのシンフォニエッタを全曲演奏に向けて定期演奏会にて継続的にとりあげており、今回はその6回目に当たる。大栗のマンドリンオーケストラのためのシンフォニエッタは7曲(及び編成違いのサブナンバー1曲)が作曲されており、ソナタ形式等を用いた3楽章の形式を雛形としながら作曲者の音楽性が表現されている。最初の作品である第1番が1967年に書かれた後、本作の作曲までには7年の間が空いている。本作以降のシンフォニエッタは継続的に書かれており、本作はシンフォニエッタのシリーズ化を決定づけた作品と言うことができる。作曲者記に書かれているように本曲は短期間で急遽作曲されており、スコアにも繰り返しの複写を学生に行わせたとみられる部分があるなど、その様子が垣間見られる。本日の演奏では複写の指示ミスとみられる1小節を補って演奏する。
 全体構成は他のシンフォニエッタと同様に急-緩-急の3楽章からなり、第1楽章が再現が完全な繰り返しである疑似ソナタ形式、第2楽章が三部形式、第3楽章がロンド形式である。第2楽章の中間部の主題は第3楽章の第2エピソード(テンポを変えた中間部)と関連性が持たされている。作者の作風の中で、明るく軽快な面が特に強く表れた作品である。

参考文献:日本の作曲家―近現代音楽人名事典(日外アソシエーツ, 2008)、マンドリンオーケストラコンコルディア第26回定期演奏会パンフレット
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マンドリンオーケストラのためのボカリーズIX「海原へ」

作者は1934年に横浜に生まれ、愛知学芸大学卒業後、間宮芳生、助川敏弥の両氏に師事、NHKの委嘱による作曲、指揮活動を開始した。その後、川島博、中川弘一郎の両氏と「三音会」を結成し、各種音楽団体の委嘱による作曲活動をはじめとしてドラマ、映画、舞踊、室内楽、合唱、幅広い活躍を続け、また現代音楽集団、土の会、東海音楽舞踊会議など多くの団体に所属し活発な創作活動を展開してきた。合唱曲の分野では特に多くの作品があり、雑誌「教育音楽」において73年より継続して小中高生の為の合唱曲を多数発表した。90年には朝日新聞社・日本合唱連盟主催による第一回朝日作曲賞で「イタリアの女が教えてくれたこと」が第一位を受賞している。
マンドリン合奏には実験的な音楽から平易なアンサンブル用の作品まで多くの作品を残しており、ボカリーズI〜X、群炎I〜VI、ラプソディーI〜VI、バラードI〜VI、プレリュードI、等がある。作者のマンドリン合奏のための作品は、学生団体の不作法や著作権処理の不備などを理由に1996年から2000年の間演奏凍結がなされていたが、昨年作者とご家族のウェブサイトであるクマハウス(http://kumahouse-16.sakura.ne.jp/kenichi_top.html)が立ち上げられ、適切な手続きを経て楽譜の購入演奏許諾が可能となっている。
本曲は1983年山口女子大マンドリンクラブの委嘱によって作曲されたものであるが、そのルーツは1982年5月22日名古屋で開催された第一回宇宙船地球号コンサート(熊谷賢一のマンドリンオーケストラ曲による平和の為の音楽会)でフォークグループ「鬼剣舞」によって演奏された「一粒の雨」である。その後本作を経て1988年には同声二部合唱曲「ひとつぶの雨」が編纂され、音楽之友社刊行の「教育音楽(中学・高校版)」に収載された。
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後期の熊谷作品はしばしば複数の合唱曲を組み合わせたメドレーの形式を取る事があったが本曲においては唯一曲をテーマにした構築が行われており統一感が感じられるものとなっている。熊谷氏の音楽が最終的に辿り着いた地点は二つの作品に凝縮されており、それが「群炎X」と本作である。歌謡性の到達点である本作がテーマを様々に変奏しながら、壮大なユニゾンで結ばれる事には感慨を禁じ得ない。情感あふれる旋律をマンドリンオーケストラという媒体を通じて「謡う」事を作品の本質と捉えた後年の作品はまさに「ボカリーズ」として花開いたと言える。またボカリーズ[と同様本曲にもフォークギターパートが設置され、大きな役割を果たしているが、熊谷作品の最大の魅力である「うたごころ」を鮮やかに彩ってその魅力をいっそう引き立てている事にも注目したい。
「ぼくはひとつぶの雨だった きみもひとつぶの雨だった 日がのぼればすぐにとけてしまう 風がふけばすぐ消えてしまう 人にふまれれば二度とおきあがれない 車にひかれれば二度と立ちあがれない ぼくはひとつぶの雨だったけれど きみもひとつぶの雨だったけれど ひとつぶの指とゆびがふれあえば どこかでやさしいなみだがあふれる ひゃくつぶの肩とかたがふれあえば どこかに小さな水たまりができる いく万の胸とむねがふれあえば どこかで小さな川がながれはじめる」
もう一つの到達点である群炎Xには「一人一人の小さな炎を寄せ合って未来を平和の炎で燃え上がらせよう」という熊谷作品が元々もっている願いが込められているが、対極的に見えるボカリーズにおいて、一粒の雨が次第に水たまりになり、やがては河となって海原を目指すという視点から同様な作者の想いを伺う事が出来る。そうした視点で描かれているのが、「河の詩」であり「海原へ」だと言えるだろう。群炎が点を中心とした大きなエネルギーを描いているとすればこれら「水」の音楽が描き出しているのは「時の流れ」である。河の流れは時の流れと同化して、作者はその中流、すなわち現在に立って、過去から未来へと流れていく時間を河に例えて表現しているのである。そして「ひとつぶの雨」の詩を担うのはあの「素晴らしい明日の為に」を書いた門倉詇その人である。2009年に惜しまれつつ没した門倉は戦後、平和と民主主義を歌で訴えたうたごえ運動の礎となった詩人である。
シリアスかつ斬新な響きの前期作品とある意味対局にあるとも言える後期の熊谷作品。「歌」を紡いで「祈り」続けてきた全ての熊谷作品には、純音楽である前期作品にも、昭和の時代、確かに日本に大きな足跡を残した「フォークソング」や「うたごえ運動」の系譜をかいま見られる後期作品にも、本質的に変わらない「うたごころ」が脈々と息づいている。コンコルディアは熊谷氏がその音楽人生をかけて産み出してきた「歌」と「祈り」を大切に守り、伝えていきたい。

参考文献:音楽家人名事典 新訂第3版 (日外アソシエーツ, 2001)、マンドリンオーケストラコンコルディア各種パンフレット、第一回宇宙船地球号コンサート「素晴らしい明日のために」パンフレット、クマハウスwebサイト(http://kumahouse-16.sakura.ne.jp/kenichi_top.html)

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歌劇「カヴァレリア・ルスティカーナ」より交響的間奏曲

歌劇「カヴァレリア・ルスティカーナ」より交響的間奏曲
“Cavalleria Rusticana” Intermezzo sinfonico (1890)
ピエトロ マスカーニ 作曲 清田和明 編曲
Pietro Mascagni (1863.12.7 Livorno~1945.8.2 Roma) / Rid. Kazuaki Kiyota

作者はイタリアの作曲家。生地のケルビーニ音楽学校でピアノと作曲を学び、卒業にあたってカンタータIn Filandaを書き、賞金を得た。またシラーの「歓喜の歌」に作曲し、それがミラノのコンクールに入選したためにラルデレル伯爵の目に留まり、ミラノ音楽院に留学することとなった。ミラノ音楽院ではポンキエッリらに学び、学友のプッチーニと一室を借りて暮らしたが中途退学した。その後は歌劇団などに加わって放浪を続けたが、チェリニョーラで結婚して定住し、本作を作曲することとなった。
カヴァレリア・ルスティカーナは一幕の歌劇で、現実的な題材で激情と抒情と対比させるヴェリズモ(現実主義)オペラの最初の代表作とされている。ジョヴァンニ・ヴェルガの同名の短編小説に戻づくもので、1890年にローマの楽譜出版商ソンゾーニョが一幕の歌劇の作曲の懸賞を募集したのに答えて作曲され、一等に入選した。マスカーニは本作の成功により一躍有名となり、本作は作者の出世作であると同時に代表作となった。カヴァレリア・ルスティカーナとは田舎の騎士といった意味であるが、話の筋書きは恋愛を元にしたわだかまりの結果決闘が行われて悲劇に至るというものである。
交響的間奏曲は終盤の前に配置されたもので、単独でも演奏されることが多い特に有名な曲である。 2つの部分からなり、前半は原曲では弦楽とオーボエによる宗教的な雰囲気の音楽で、非常に美しい繊細な進行の和声が特徴である。後半は対照的に旋律を中心とした音楽で、最初の小楽節の動機を巧みに組み合わせて印象的な旋律が作られており、原曲ではオルガンとハープのハーモニーの上に全弦楽器のユニゾンによって豊かに旋律が奏される。編曲にあたっては原曲のオーケストレーションの持つ雰囲気を重視し、マンドリンオーケストラの基本構成の弦楽器によってそれを表現した。

「最新名曲解説全集 第20巻 歌劇III」音楽の友社 (1980)
「音楽大事典」平凡社 (1983)
「新訂 標準音楽辞典 第二版」 音楽の友社 (2008)
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ワルツ「金と銀」

ワルツ「金と銀」 (1902)
フランツ・レハール作曲 知久幹夫編曲
Franz Lehár (1870.4.3 Magyarország〜 1948.10.24 Bad Ischl)

 作者はハンガリーのコマーロムに生まれる。プラハ音楽院でドヴォルザークらに学び、軍楽隊長を経てウィーンでオペレッタ作曲家としてデビュー。「銀の時代」とよばれたオペレッタの第二黄金期を代表する作曲家となる。
1905年、『メリー・ウィドウ』で一躍人気作曲家となるが、次第に作風は喜劇一辺倒のオペラからを脱し、瀟洒な笑いを内包しながらシリアスなテーマを展開する独自の形を確立していく。特に、1925年に初演された『パガニーニ』、1927年の『ロシアの皇太子』、そして1929年の『微笑みの国』は、これまでのオペレッタには無かった悲劇であり、レハール独特のウィンナ・オペレッタ路線を象徴する傑作である。
1938年3月にナチス台頭のドイツがオーストリアを併合した後には、夫人がユダヤ人の生まれであったにも拘らずドイツのナチス党政権からの庇護を受けたが、そのもとで新作を発表することはなかった。
今日演奏されるレハールのワルツの多くは「メリー・ウィドウ」を始めとして自作のオペレッタから編曲されたものが多いが、「金と銀」はそれらとは生まれを異にしており、独立した管弦楽用ワルツとして作曲されたもの。本作は、1902年の謝肉祭の間に催されたパウリーネ・メッテルニヒ侯爵夫人主催の舞踏会のために作曲された。題名の「金と銀」とは、この舞踏会の課題名で、会場は銀色に照らされ、天井には金色の星が煌き、壁一面に金銀の飾りが付けられ、参加者も金銀に彩られた思い思いの装飾を纏っていたと伝えられる。今日では代表的なウィンナ・ワルツとして、ヨハン・シュトラウス2世などの作品とともによく演奏される。
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2016年06月17日

第44回定期演奏会

マンドリンオーケストラコンコルディア第44回定期演奏会
日 時 2016年6月18日(土) 開場:16:30、開演:17:00
場 所 かつしかシンフォニーヒルズ・モーツァルトホール
(京成本線「青砥駅」徒歩7分)
入場料 無料(チケットなしでもご入場いただけます)

第1部
序曲「祖国への愛」 Francesco Amoroso
抒情的間奏曲 Salvatore Falbo Giangreco
ファンタジーII 小櫻 秀爾

第2部
音楽絵画「市場にて」 Николай Будашкин/ 歸山 榮治 編曲
バイカル物語(ザバイカル開放30周年) Николай Будашкин/ 歸山 榮治 編曲
ソロヴァイオリンとマンドリンオーケストラのための「協奏詩曲」 歸山 榮治

第3部
シンフォニエッタNo.5 大栗 裕
群炎III 熊谷 賢一

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