2018年07月08日

序曲「ロシアの祭日」

序曲「ロシアの祭日」
Увертюра ≪Русский праздник≫ (1967)
アレクサンドラ・ニコライエヴナ・パフムートワ 作曲 歸山 榮治 編曲
Александра Николаевна Пахмутова (Aleksandra Nikolayevna Pakhmutova) / Rid. Eiji Kaeriyama (1929.11.9 Волгограда ~)

 作者のアレクサンドラ・パフムートワはロシアの作曲家。ソ連作曲家協会、およびロシア作曲家協会の委員会秘書官を歴任した。1929年にスターリングラードの近郊に生まれ、3歳からピアノと作曲を始めた。1936年より1941年の戦争までスターリングラードの音楽学校に通い、その後は1943年からモスクワのチャイコフスキー記念国立モスクワ音楽院付属中央音楽学校に入学して、ピアノを学ぶとともにヴィッサリオン・シェバーリンとニコライ・ペイコの下にあった作曲家サークルに参加した。1948年にはモスクワ音楽院の作曲科に入学し、シェバーリンの下で学んで1956年に大学院を修了した。
 多数の歌曲で知られているが、映画音楽、管弦楽作品など幅広いジャンルに作品がある。管弦楽作品としてはロシア組曲、トランペット協奏曲、序曲「青春」、管弦楽のための協奏曲などがある。序曲「ロシアの祭日」は、ロシア民族楽器オーケストラのためのおそらく作者唯一の作品で、1967年に作曲されている。編成上本作が他のロシア民族楽器オーケストラ作品と異なる点がある事にも触れておこう。本作は通常ロシア民族楽器オーケストラで使われるバヤンの替りにガルモーニが5台加えられている。バヤンはもともとは11世紀ロシアの吟遊詩人に名を発する独自の鍵盤配列を持った民族楽器の一つであったが、18世紀後半にドイツから来る季節労働者が持ち込んだ小型アコーディオンのガルモーニの普及とともに発展し、現代モデルではボタン式アコーディオンとほぼ同じ構造を有している。ガルモーニは小型で音域も狭い為、バヤンに比べダイレクトで軽い音色が特徴となっている。この為ソプラノ2台、アルト、テナー、バス各1台の5パートで必要とされる音域をカバーしつつ、作品の持つ明るい軽妙な響きを目指したと考えられる。構造上の違いとしてはバヤンがボタンアコーディオン(押引同音式)である事に対し、ガルモーニはダイアトニックアコーディオン(押引異音式)となっている。
 現代のロシア民族楽器オーケストラはペテルブルグに生まれ、幼少時より民族楽器に親しんだワシーリー・アンドレーエフによって改良されたバラライカやドムラなどの撥弦楽器を中心に構成された大ロシア合奏団に端を発している。バラライカやドムラのようにトレモロを比較的多く使用する表現方法など、ロシア民族楽器オーケストラのサウンドはマンドリン合奏と通じるものがあるが、マンドリン音楽の発展のためには「大衆性」を有するレパートリーの充実が必要と考えた編曲者の歸山氏は、親しみやすい音楽としてこれらロシア民族楽器オーケストラのレパートリーに着目しその作品をマンドリン合奏に編曲する活動を行った。
 本曲は同形の序奏とコーダを伴うソナタ形式による序曲である。第1主題はイ長調、第2主題はト短調-ハ短調(ドリア旋法)-ニ長調(ミクソリディア旋法)-ト短調-による。主題の展開要素が少ない中間部と属音保続部を挟んで、第1主題が提示と同形で再現される。第2主題は中間を取り出してニ短調(ドリア旋法)-ホ長調(ミクソリディア旋法)での再現が行われる。
蛇足であるが1968年ロシアの女性天文学者リュドミーラ・チェルヌイフが発見した小惑星には作者の名にちなみ1889 Pakhmutovaと命名されている。


参考文献: 作者公式ページ
ウィキペディアロシア語版
小林靖宏 「アコもの知りメモ」〜「国によって違うアコーディオンの呼び名について」 (アコーディオン・ジャーナル1980年5月号)
加藤徹 ダイアトニック・アコとコンサーティーナについて 空気を「こねる」楽器たち

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マンドリンオーケストラの為のシンフォニエッタNo.7+1/2

マンドリンオーケストラの為のシンフォニエッタNo.7+1/2
Sinfonietta No.7+1/2 for Mandolin Orchestra (1981)
大栗 裕
Hiroshi Ohguri (1918.7.9 Osaka〜1982.4.18 Osaka)

I. Allegro
II. Andante espressivo
III. Allegro molto

 作者は生涯を関西を中心とした日本音楽界の為に捧げた日本のクラシック音楽史上の大功労者。朝比奈隆に師事し、1941年旧東京交響楽団にホルン奏者として入団したのを皮切りに、多くの楽団に在籍、大阪音大講師に就任した。「浪速のバルトーク」の異名を誇り、日本人の土俗的かつ原始的な感情に根ざした作風でオペラ、管弦楽曲、吹奏楽曲等、多くの分野で作品を残した。1958年に大阪府芸術賞、1991年に日本吹奏楽アカデミー賞を受賞した。
マンドリンオーケストラのためにはシンフォニエッタを始めとした純器楽のほか音楽物語、ミュージカルファンタジー等を多数残しており、その総数は約40曲にも及んで作者の作品の中でも多くの割合を占めている。最近、大栗裕記念会により、ティーダ出版から作者の作品のファクシミリ版楽譜が出版されており、既にシンフォニエッタの1、2、5、6番と交響的三章「巫術師」が発売されている。
 シンフォニエッタNo.71/2は、シンフォニエッタシリーズの最後の作品であるとともに、作曲者の最晩年の作品である。原曲である第7番「コントラスト」はシンフォニエッタのシリーズ中唯一管楽器を含まないという編成上の特徴がある。シンフォニエッタのシリーズは第3番と第7番を除いて全て関西学院大学マンドリンクラブの委嘱・初演作品であるが、第7番「コントラスト」は名城大学ギターマンドリン合奏団にて委嘱された。
本来は同年に関西学院大学の定期演奏会にて新作を発表する予定であったが、病床にあった作者は新たな作曲ができず、関西学院大学マンドリンクラブの当時の指揮者占部則義氏によって管楽器を加筆する (加筆にあたっては、作者からの具体的な指示は得られなかったようである) ことで代替とした。本日演奏するのは、この版にNo. 71/2というナンバーが与えられたものである。管楽器の加筆の他に、弦楽器の一部の音の除去、速度記号の追加、G.P.の削除などの変更点がある。
 曲の構成は作曲者記にある。第3楽章は作曲者記では変則的なソナタ形式とされているが、実際の構成はABCABDAというものである(このうちBはNo.71/2でpoco menoの速度指示が追加されたところで、テンポ上の対比がある)。これはむしろロンド形式に近い。第3楽章全体は明るい楽想が支配的であるが、Dの部分では長調と短調の和音が入り混じった「大栗らしい」響きとなっている。そうして、Dの最後に至って、シンフォニエッタ第1番の第3楽章の主題の動機が現れる。これによってシンフォニエッタの最終作から第1作への循環形式が形成され、シリーズの全体を閉じる構造が形成される。
 第7番「コントラスト」は前述のとおり弦楽器のみの編成で書かれているが、これは初演団体の制約によるものだったであろう。しかし逆に考えると、なぜそのような制約があっても「コントラスト」をシンフォニエッタのナンバーとして作曲したか、そこに特別の意図があったと見ることができよう。シンフォニエッタは大栗のライフワークの一つとなっており、それをシリーズとして総括することはなすべきことであった。しかしながら、そのために作曲家として残された時間が少ないことを作者は認識していたのではないか。本来であれば関西学院大学の委嘱作をシンフォニエッタシリーズの最終作として満を持して発表すべきところだが、それを待っていては間に合わないので、弦楽のみの編成の「コントラスト」をシンフォニエッタ最終作としたのではないかと考えることができる。
 第1番への循環形式は、第3楽章の最後のエピソードの終わりに初めて現れる。この部分を実際に書くまでこの曲をシンフォニエッタ最終作とするかを迷っていたようにも見える。作曲者記において楽式を「変則的なソナタ形式」と表現したのにも、このような迷いが現れていると言えよう。
 ともあれ、シンフォニエッタは第7番で閉じられ、No.71/2で完成を見た。コンコルディアのシンフォニエッタ全曲演奏チクルスの締めとして、No.71/2から第1番への循環形式を表現したい。
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マンドリンオーケストラの為の群炎W

マンドリンオーケストラの為の群炎W (1976)
熊谷 賢一
Kenichi Kumagai(1934.2.16 Yokohama〜2017.10.9 Tokyo).

 作者は1934年に横浜に生まれ、愛知学芸大学卒業後、間宮芳生、助川敏弥の両氏に師事、NHKの委嘱による作曲、指揮活動を開始した。その後、川島博、中川弘一郎の両氏と「三音会」を結成し、各種音楽団体の委嘱による作曲活動をはじめとしてドラマ、映画、舞踊、室内楽、合唱、幅広い活躍を続け、また現代音楽集団、土の会、東海音楽舞踊会議など多くの団体に所属し活発な創作活動を展開してきた。合唱曲の分野では特に多くの作品があり、雑誌「教育音楽」において73年より継続して小中高生の為の合唱曲を多数発表した。90年には朝日新聞社・日本合唱連盟主催による第一回朝日作曲賞で「イタリアの女が教えてくれたこと」が第一位を受賞している。
マンドリン合奏には実験的な音楽から平易なアンサンブル用の作品まで多くの作品を残しており、ボカリーズI〜X、群炎I〜VI、ラプソディーI〜VI、バラードI〜VI、プレリュードI、等がある。作者のマンドリン合奏のための作品は、学生団体の不作法や著作権処理の不備などを理由に1996年から2000年の間演奏凍結がなされていたが、現在ではご遺族が管理するウェブサイトであるクマハウス(http://kumahouse-16.sakura.ne.jp/kenichi_top.html)から、適切な手続きを経て楽譜の購入、演奏許諾が可能となっている。
本曲は1976年7月、第29回青少年音楽祭(福岡市)にて初演された作品。青少年音楽日本連合(Jeunesses Musicales du Japon)はユネスコ傘下のJeunesses_Musicales_Internationalの日本支部である。同年には早くも東海学生マンドリン連盟合同演奏会で再演されている。総譜は当時作者が勤務していた暁学園短期大学の紀要として1977年3月に刊行された。本紀要には作者がマンドリン合奏曲をするようになった経緯や、当時の斯界の状況を俯瞰して作者が捉えていた現況と課題などについて記載されているが、所謂「群炎」についての記述について引用してみたい。

”群炎”は私の造語である。読んで字の如くホノオの群れであるが、この言葉は作曲した音楽の内容や形式には直接関係はなく、ましてホノオの情景描写でないのはもちろんである。”群炎”とは作曲者や演奏者は勿論、聴衆をも含めた全ての人間の「音楽的行為」の中で、現在と未来に生き抜こうとする強い生命力のエネルギーが、あたかも炎の如く燃え上がる”表れ”でありたい。そしてそれらの炎が集まり不毛の原野を焼き尽くし、新しい創造に立ち向かう力となりたい、といった私の創造上に於ける理想として考える理念の抽象化された標題である。
そして、その発想の出発点は、表現上の音楽技術における諸所の困難な問題に眩惑され、人間と音楽との原点的な触れ合いよりも技術中心的な傾向や、それと裏腹で支え合っている音楽上の無思想性や逃避性に対立する点にある。
技術上の問題は決して未来において解決できない問題ではない。だが全ての音楽的行為の中で生命の燃焼のない行為ほど人間存在が希薄で無意味となり、これほど時間の浪費はないのではないだろうか。

こうした作者の思いは作品群の中で群炎が特別の意味を持って作曲され続けた事を物語っている。こうした強い思いとともに、当初平易で演奏しやすいとして始められたボカリーズ、大衆音楽の中から律動性と旋律性を融合させたラプソディ、叙事的なバラードの各シリーズが最終的には「うたごころ」を伴ったエネルギーの結晶として一つの方向性に結集し、「平和への祈り」に結ばれていった事は、作者の生き様を知る者には必然であったのだと考えられる。その最後の到達点が、作者が最も大切にしていた群炎の最終作、群炎X(作曲開始当時の標題は「広島へ」、後に「祈りと希望」に改題)である。
曲は前作である群炎Vの終結部をそのまま引き継いだように打楽器の咆哮で始まる。和声感もそれまでの群炎のかもす揺らぎを彷彿とさせながらうねる。群炎Vの旋律を模倣しながらより荒々しい響きの中から子守歌風な息の長い旋律が現れる。曲はその後緩徐部の旋律が急速に展開し打楽器群の激しい乱舞が聴かれる。やがて曲は再度密度の高い弦合奏で前半部の旋律を大きく歌うがそれは突然断ち切られ、祭り囃子のようなリズムが現れそのまま全強奏で終結部に向かい突き進む。本作にはこれまでの群炎の色合いと共に、前々年に作られたラプソディVの影響が色濃く現れており、後半の祭り囃子の喧騒はラプソディVをそのまま引き継いだかのようである。前述した複数のシリーズの融合は本作が皮切りと考えられるが、一方で同年に作曲されたラプソディWは中間部に中学生日記の音楽を持つなど、ボカリーズとの融合が垣間見えるものとなっている。更に群炎Tから毎年作品を発表してきた作者が一年間の間隔を開けて発表した二つの作品である事(その後は再度毎年作品が発表されていく)、それまでの発表の舞台であった名古屋を離れ、それぞれ福岡と広島で初演された事等も踏まえて見ると、本作とラプソディWはシリアスかつ斬新な響きの前期作品とある意味対極にあるとも言える後期の熊谷作品の分水嶺に立つ作品と見る事が出来る。
コンコルディアは熊谷氏がその音楽人生をかけて産み出してきた「歌」と「祈り」を大切に守り、伝えていきたい。

参考文献:音楽家人名事典 新訂第3版 (日外アソシエーツ, 2001)、マンドリンオーケストラコンコルディア各種パンフレット、第一回宇宙船地球号コンサート「素晴らしい明日のために」パンフレット、クマハウスwebサイト
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2017年06月06日

第45回定期演奏会

マンドリンオーケストラコンコルディア第45回定期演奏会
日時 2017年6月17日(土)16:30 開場、17:00 開演
場所 かつしかシンフォニーヒルズ・モーツァルトホール
(京成本線「青砥駅」徒歩7分)

第1部
ワルツ「金と銀」 Franz Lehar/ 知久 幹夫 編曲
歌劇「カヴァレリア・ルスティカーナ」より交響的間奏曲 Pietro Mascagni/ 清田 和明 編曲
マンドリンオーケストラのためのボカリーズIX「海原へ」 熊谷 賢一

第2部
マンドリンオーケストラのためのシンフォニエッタ第2番「ロマンティック」 大栗 裕
少年の詩 水野 真人

第3部
劇的序曲〜アレッサンドロ・ヴィッツァーリによる手写譜初期稿 Arrigo Capelletti
ゆらぎの彼方 歸山 榮治
序曲「神の御心のままに」 Giovanni Bolzoni/ 石村 隆行 編曲
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序曲「神の御心のままに」

序曲「神の御心のままに」
L’uomo ordisce, la fortuna tesse, Sinfonia, op. 31 (1875)
ジョヴァンニ ボルツォーニ 作曲 石村隆行 編曲
Giovanni Bolzoni (1841.5.15 Parma 〜1919.2.21 Turin) / Rid. Takayuki Ishimura 

 作曲者はイタリアの指揮者、教師、作曲家。パルマの音楽学校にてG. del Mainoにヴァイオリンを、Griffiniに声楽を、G. Rossiに作曲を学んだ。1859年に卒業した後は各地の劇場指揮者、音楽学校の校長などを歴任した。トリノの音楽高等学校では校長および作曲科の教授を務め、器楽科の設置などを行って厳格なオペラ重視の伝統の見直しを行った。作曲家としては数曲のオペラも残しているものの、主要作品は室内楽曲と管弦楽曲であり、オペラ優勢の時代にあって一線を画している。特性的な小品や叙事的な序曲などを好んで作曲し、本日演奏する「神の御心のままに」を含む5つの序曲や弦楽四重奏のためのromanza senza paroleなどが代表作である。
 本曲は京都在住のマンドリニスト・音楽研究家の石村隆行氏による編曲である。主宰・指揮者を務めるESTUDIANTINA PHILODOLINO di KYOTOおよび技術顧問を務める同志社大学マンドリンクラブなどでイタリアロマン派の音楽を中心とした作品を多数編曲して発表しており、その中には本曲の他にもボルツォーニの作品が複数含まれる。
 序曲「神の御心のままに」は5つの序曲の中でも前作となる序曲「サウル王の悲劇」(op.30、1874年作曲)とは作品番号が連続しており、いずれもボルツォーニがF. Morlacchi劇場の指揮者をしていたころに作曲したと考えられる。原曲は吹奏楽に書かれており、1875年にリヴォルノで行われた作曲コンクールで第1位を受賞している。題にある「L’uomo ordisce, la fortuna tesse」とはイタリア語のことわざで、直訳すると「人が縦糸を織り、運命が横糸を織る」となる。布は縦糸の向きに従って織られていくが、形をなすためには横糸が必要なことから、人が目的を達成するためには運命の助けが必要となるということを表している。New Groveの作品リストでは本作は単にSinfonia op.31と挙げられており、この言葉は表題というよりはモットーとしての意味合いが強いかもしれない(明確に叙事的な標題音楽として作曲された「サウル」とは扱いが異なると考えられる)。
 曲はソナタ形式に依り、序奏(主題の一つのように重要に扱われている)、第1主題、第2主題を有する。序奏と第1主題はニ短調で提示され、一方コラールのような開始を持つ第2主題はハ長調で提示される。展開部では主題はあまり形を変えずに現れるが、第1主題が主調を保つのに対して、第2主題はロ長調に移調される。序奏の動機による展開の後、序奏はト短調で再現される。属音保続の後で第1主題がニ短調で、第2主題がニ長調で再現され、最後は序奏の動機を用いたニ長調のコーダで曲が閉じられる。
 本曲は明快なソナタ形式に則っており、同様に2つの主題を有してもソナタ形式とはかけ離れた前作「サウル」とは大きく楽式を異にしている。「サウル」においては主人公であるサウル王は神の加護を失い悲惨な最期を迎える。このため、曲の中心的な主題も確固たる形態を保たずに変化を続ける造りになっており、ソナタ形式の第1主題とはなりえないものであった。一方で本曲の第1主題はソナタ形式の主要主題として明確な形をとっている(展開部の中でも、核となる部分は原型を保って主調で現れる)。これは、「縦糸」となる、人の信念を貫く生き方を示したものと言える。「横糸」となる第2主題はこれもソナタ形式の副主題として、様々な調で(色彩を変えて)現れて、最後には同主調となって第1主題と融和する。つまり、運命は人と対立するのではなくその生き方を助けるものとして描かれている。
 作品番号が連続したこの2つの序曲の対照的な造りからは、作者が本曲に込めた思いを読み取ることができる。本曲にあるのは、まっすぐな人の生きざまを肯定するあたたかさである。「サウル」のような救いようの無い作品を書いてしまったがゆえに、より人間の存在を肯定する作品を書くべきと考えたのかもしれない。単に「神の御心のままに」という言葉を目にしたとき、すぐに想起されるのは「サウル」で描かれたような、神の意志に沿わなければ悲惨な結末を迎えるという世界であろう。しかし本作はそうではない。人が信念をもってまっすぐに生きることこそが天命に沿うものであり、運命はそのような人生の一部となって一つの布を織りなす。

参考文献:The New Grove Dictionary of Music and Musicians, Second Edition, (Grove, 2001)
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