2019年07月10日

選曲について(横澤恒)

 今年のプログラムは、これまでのコンコルディアのイメージからすると大分路線をはずれた?ものとご来場の皆様お感じになっているかと思います。まずはイタリア作品を全てオリジナルで固めている事。そして邦人作品を挟むようにそれぞれ意味のあるイタリア作曲家の作品を配置している事。またその結果としてプレクトラムオーケストラのみの編成である事。というわけで今年は純プレクトラム音楽の繊細な響きをお楽しみいただきたいと思います。
 さて肝心の内容ですが、まずイタリアオリジナル作品は当時の極めて近しい時期に催された二つのコンクールに応募された作品という構成になっています。当時の聴衆が聴いたであろう作品ばかりをこの一夜に聴いていただけるという、「時間と空間を超えた」企画という事になります。これらの作品は大変著名な作品ばかりですが、一つ殆ど演奏機会のない可憐な小品を織り込んでみました。
 MilanoとGenovaは地理的には北イタリアに位置し、トレニタリア(国鉄を引き継いだ民営鉄道)のフレッチャロッサ(Frecciarossa)という赤いカッコイイ高速列車ならわずか1時間半程度の距離です。Genovaはリグーリア州の州都かつジェノヴァ県の県都の港町。
Palazzo Realeという王宮が有名です。ナポレオンの侵攻からリソルジメントによるイタリア統一までにジェノヴァ共和国からリグーリア共和国になり、フランスに併合されたりと歴史的に多難な地域でした。Genovaの気質としてはStundaioと呼ばれ気位が高い、独立心旺盛で天才肌の人が多いのだそうです。一方Milanoはというとロンバルディア州の州都かつミラノ県の県都でリソルジメントの中心地であった都市で、ご存じのように服飾繊維産業の盛んな商業的中心地です。人々は勤勉でまじめ、物事へのこだわりが強くクールというのが抱かれている印象のようです。
 Genovaのコンクールは1905年創刊されたArte Mandolinistica誌に掲載されましたが、主幹のAngelo Cigliaは作曲家で音楽理論の著書もあるような人でした。パガニーニ唯一の弟子であったC.Sivoriの名を冠した音楽院の院長でもあり、院内にU.M.L(リグリア教師協会)という組織を立ち上げてコンクールを開催する等おそらくはある程度の政治力を持ち、マンドリンの擁護啓蒙に大変力を注いだ人だったとの事で、自ら行進曲「U.M.L」も作曲しています。(もっとも、CigliaとU.M.L、Arte誌の関係についてはまだ不明な点が多いと考えられます。)一方、Milanoのコンクールは同じように1906年に創刊されたIl Plettro誌に掲載されました(奇しくもこの年にはミラノ万博が開催されています)。主幹のAlessandro Vizzariも作曲家でしたが、これまた並々ならぬ情熱を持って多くの作品を世に送り出した人で一時期はボローニヤで発刊されていたVita Mandolinistica誌の主幹も努め、Il Plettro誌は38年もの長きに渡り刊行されました。2014年刊のSimona Boniの著書「ロメロ・フェラーリと20世紀前半のイタリアギター音楽」には芸術楽器としてのギターやプレクトラム音楽の権威を高める為に多くの音楽機関に訴える活動を続けた事が掲載されており、斯界の発展に大きな貢献をした事が確認できます。作曲家の名前は作品とともに記憶にも記録にも残りますが、こうした作品の出版や教育、啓蒙につくした功労者について中野二郎氏も「いる・ぷれっとろ研究」の中で指摘されたように、目を向けていく事が大切だと感じられます。
ちなみにIl Plettro1927年5月号にはcomoで行われた合奏コンクールの事が載っており、イタリアの名だたる合奏団が参加し、最後に全員(800人!)でマンドリン讃歌フローラを合奏したと書かれています。その演奏は今日使用している1926版だったかもしれませんね。
当時斯界に関する音楽誌が立て続けに創刊して作品を募集している事は現在では考えられない程多くの愛好者や読者がいたことを示していますし、それを実行に移した熱意あふれる音楽家がいた事をも我々に教えてくれています。同じように1892年にトリノでIl Mandolino誌が、1897年ボローニアでIl Concert誌が、1901年にも同じくボローニヤでVita Mandolinistica誌がと各都市毎のように音楽誌が刊行されている事に驚きを禁じ得ませんし、それも月間ではなく隔週刊だったりもします(これらが全て北イタリアである事にも注目です)。これ以外にもイタリア、フランス、オランダ、スイスなどでプレクトラムの音楽誌が発行されていた事を考えるとその文化圏はそれなりに広域であった事がわかります。
こんな当時のイタリアの光景を思い描きながら聴いていただけると楽しいかなと思います。vizzai.jpg
Allesandro Vizzari



 ボッタキアリの交響曲「ジェノヴァ捧ぐ」は名前のみ知られ管弦楽作品ではと噂されていたもので、石村隆行氏がその執念で捜し当てたと言っても過言ではありません。氏が渡伊中の1987年にボッタキアリ生誕100年を記念した冊子(1982)を入手、本作がマンドリンオーケストラの為のオリジナル作品である事が判明、まず単独で出版されたscherzo楽章をSMDで初演、全曲版とはちょっとだけ異なっています。その後石村氏はジェノヴァ近郊のオーケストラが所有する自筆スコア(但し1楽章が欠落)を入手し1991年に2〜4楽章をSMDで演奏。更にG.Verdi音楽院で初演団体が所有していたスコアを発見し、1994年に遂に全曲をSMDで演奏とまさに飽くなき探求の結果、今日私たちが演奏する事が出来る訳です。その経過をその時々人づてあるいは演奏会資料等で見聞きしてきた筆者としても今回演奏する事がかなう事はまさに感慨無量であります(ちなみに87年と94年のジァノヴァを振ったお二人は現在東京でビアンカ・フィオーリ楽団の指揮をとっておられます)。以上、イタリアオリジナル作品については石村隆行先生から沢山のご教示をいただいている事に深く感謝を述べさせていただきます。
 また邦人作品も欠かす訳にいきませんので、今年はあえてイタリアの古典的あるいはロマンティックな作品と対局をなすシリアスかつハードな作品を選びました。二人の間には接点はないかと思われがちですが、二人ともアマチュア音楽の指導に熱心である事、「反核 日本の音楽家」の運動に一人は旗振り役として、一人はその協力者として名を刻んでいる事、芥川氏はオスティナートという、あるパターンの音形やリズムを執拗に繰り返す手法に特徴があり特にソ連時代の音楽作品に影響を受けていますが、歸山氏も同じようにオスティナートを多用しますし、ソ連の民族楽器作品の編曲や訪問楽旅を行ったりと、音楽的指向やソ連と縁の深いところ等共通項が見つかります。またお二方とも中国音楽を取り上げ、現地で自作を演奏している点も通じています。
 それともう一つ、とても興味深い点を。ジェノヴァに捧ぐは作者27歳、トリプティークは作者28歳、フローラは作者29歳、マンドリン芸術は作者30歳、劫は作者31歳、偉大な作品が若きマエストロの天才的な音楽性によるものだという点も付け加えておきます。 
 以上、例年とはちょっと違う極上のフルコース。盛夏を乗り切るスタミナ満点のソワレ・ムジカーレをお楽しみいただければ幸いです。
posted by コンコルディア at 12:18| Comment(0) | 47th定演曲目解説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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