2018年07月08日

マンドリンオーケストラの為のシンフォニエッタ第1番

マンドリンオーケストラの為のシンフォニエッタ第1番
Sinfonietta No.1 for Mandolin Orchestra (1967)
大栗 裕
Hiroshi Ohguri (1918.7.9 Osaka〜1982.4.18 Osaka)

I. Allegro
II. Andante
III. Allegro molto

 本曲は関西学院大学マンドリンクラブの創立50周年を記念して作曲され、1967年11月に同クラブの第42回定期演奏会にて初演された。初演時のパンフレットには単に「マンドリンオーケストラの為のシンフォニエッタ」と書かれており、1972年の「大栗裕氏を迎えて15周年記念特別演奏会」の再演時にもパンフレットに同様の表記がなされている。このため、第1番というナンバーは後年、シリーズの後作ができた後に付けられたと考えられる。
 大栗裕は1958年に関西学院大学マンドリンクラブの技術顧問に就任し、1961年からマンドリン合奏のための作曲作品を発表するようになった。しかし、作曲者記にあるように本作以前には純器楽の作品は無かった。技術顧問就任から10年を経て、満を持して純器楽作品を作曲したのが本作である。
 シンフォニエッタ第2番の作曲までは7年の間があり、本作の作曲時点ではシンフォニエッタのシリーズ化を想定していなかったと考えられる。急緩急の三楽章は後作に通じるが、特に第1楽章の楽式はかなり自由であり、ソナタ形式の楽章を第1楽章に配置する他のシンフォニエッタと大きく異なる。本作の第1楽章は序奏を有する三部形式のような形式である。この楽式は、伎楽のストーリーを再現するという意図によるものが大きいと考えられる。
 伎楽とはかつて存在した日本の伝統演劇で、飛鳥時代から奈良時代にかけて盛んに上演されたが、平安時代を経て鎌倉時代になると次第に上演されなくなった。元は中国南部の呉に由来する楽舞であったが、そのルーツについても、中央アジア方面を発祥とするなど諸説ある。寺院楽として仏教寺院で上演されたもので、伎楽面と呼ばれる各種キャラクターの仮面を被って演じられ、ある種のパレードと伴奏を伴う無言劇で構成された。現在知られている伎楽のストーリーは、伎楽が既に衰退した1233年に著された教訓抄という楽書に記されたもので、下記のようなものである。まず、治道が先導する行道と呼ばれるパレードで一行が登場する。呉王、金剛による登場の舞、迦楼羅によるテンポの速い舞、崑崙が呉女に言い寄り金剛と力士にこらしめられる演技、波羅門が褌をぬいで洗う演技、大孤の父子による仏への礼拝、酔胡とその従者(酔胡従)が酔っ払った演技が順に行われる。本曲の第1楽章がどのようにこのストーリーをなぞっているかは露には示されていないが、序奏に行道の雰囲気を見て取ることができるなど、大栗のイメージを想像しながら鑑賞することも面白い。
 第2楽章は、主題とその自由な展開からなる三部形式の緩徐楽章。第2楽章の主題は、第1楽章の中間部の主題と関連が持たされている。
 本曲の第3楽章は熱狂的な主題を有するロンド形式で、祝祭を表すものである。第1エピソードは主題の動機を用いたもので、第3エピソードは第1楽章の主題を用いたものである。関西学院大学マンドリンクラブの50周年を記念した本曲を、本日は大栗裕の生誕100周年の記念の曲として演奏することで、シンフォニエッタのチクルスを閉じたい。
posted by コンコルディア at 20:38| Comment(0) | 46th定演曲目解説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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