2018年07月08日

マンドリンオーケストラの為のシンフォニエッタNo.7+1/2

マンドリンオーケストラの為のシンフォニエッタNo.7+1/2
Sinfonietta No.7+1/2 for Mandolin Orchestra (1981)
大栗 裕
Hiroshi Ohguri (1918.7.9 Osaka〜1982.4.18 Osaka)

I. Allegro
II. Andante espressivo
III. Allegro molto

 作者は生涯を関西を中心とした日本音楽界の為に捧げた日本のクラシック音楽史上の大功労者。朝比奈隆に師事し、1941年旧東京交響楽団にホルン奏者として入団したのを皮切りに、多くの楽団に在籍、大阪音大講師に就任した。「浪速のバルトーク」の異名を誇り、日本人の土俗的かつ原始的な感情に根ざした作風でオペラ、管弦楽曲、吹奏楽曲等、多くの分野で作品を残した。1958年に大阪府芸術賞、1991年に日本吹奏楽アカデミー賞を受賞した。
マンドリンオーケストラのためにはシンフォニエッタを始めとした純器楽のほか音楽物語、ミュージカルファンタジー等を多数残しており、その総数は約40曲にも及んで作者の作品の中でも多くの割合を占めている。最近、大栗裕記念会により、ティーダ出版から作者の作品のファクシミリ版楽譜が出版されており、既にシンフォニエッタの1、2、5、6番と交響的三章「巫術師」が発売されている。
 シンフォニエッタNo.71/2は、シンフォニエッタシリーズの最後の作品であるとともに、作曲者の最晩年の作品である。原曲である第7番「コントラスト」はシンフォニエッタのシリーズ中唯一管楽器を含まないという編成上の特徴がある。シンフォニエッタのシリーズは第3番と第7番を除いて全て関西学院大学マンドリンクラブの委嘱・初演作品であるが、第7番「コントラスト」は名城大学ギターマンドリン合奏団にて委嘱された。
本来は同年に関西学院大学の定期演奏会にて新作を発表する予定であったが、病床にあった作者は新たな作曲ができず、関西学院大学マンドリンクラブの当時の指揮者占部則義氏によって管楽器を加筆する (加筆にあたっては、作者からの具体的な指示は得られなかったようである) ことで代替とした。本日演奏するのは、この版にNo. 71/2というナンバーが与えられたものである。管楽器の加筆の他に、弦楽器の一部の音の除去、速度記号の追加、G.P.の削除などの変更点がある。
 曲の構成は作曲者記にある。第3楽章は作曲者記では変則的なソナタ形式とされているが、実際の構成はABCABDAというものである(このうちBはNo.71/2でpoco menoの速度指示が追加されたところで、テンポ上の対比がある)。これはむしろロンド形式に近い。第3楽章全体は明るい楽想が支配的であるが、Dの部分では長調と短調の和音が入り混じった「大栗らしい」響きとなっている。そうして、Dの最後に至って、シンフォニエッタ第1番の第3楽章の主題の動機が現れる。これによってシンフォニエッタの最終作から第1作への循環形式が形成され、シリーズの全体を閉じる構造が形成される。
 第7番「コントラスト」は前述のとおり弦楽器のみの編成で書かれているが、これは初演団体の制約によるものだったであろう。しかし逆に考えると、なぜそのような制約があっても「コントラスト」をシンフォニエッタのナンバーとして作曲したか、そこに特別の意図があったと見ることができよう。シンフォニエッタは大栗のライフワークの一つとなっており、それをシリーズとして総括することはなすべきことであった。しかしながら、そのために作曲家として残された時間が少ないことを作者は認識していたのではないか。本来であれば関西学院大学の委嘱作をシンフォニエッタシリーズの最終作として満を持して発表すべきところだが、それを待っていては間に合わないので、弦楽のみの編成の「コントラスト」をシンフォニエッタ最終作としたのではないかと考えることができる。
 第1番への循環形式は、第3楽章の最後のエピソードの終わりに初めて現れる。この部分を実際に書くまでこの曲をシンフォニエッタ最終作とするかを迷っていたようにも見える。作曲者記において楽式を「変則的なソナタ形式」と表現したのにも、このような迷いが現れていると言えよう。
 ともあれ、シンフォニエッタは第7番で閉じられ、No.71/2で完成を見た。コンコルディアのシンフォニエッタ全曲演奏チクルスの締めとして、No.71/2から第1番への循環形式を表現したい。
posted by コンコルディア at 20:30| Comment(0) | 46th定演曲目解説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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