2017年06月06日

ゆらぎの彼方

ゆらぎの彼方 (1996)
歸山 榮治 作曲
Eiji Kaeriyama (1943.5.25 Ono〜)

作者は1943年福井県大野市に生まれ、62年名古屋大学文学部入部と同時にギターマンドリンクラブに入部、一年後指揮者となった。
その後中田直宏氏に作曲を学び、クラブ内外で編曲を含め多くの作品を発表してきた。またチルコロ・マンドリニスティコ・ナゴヤをはじめとして、大学・社会人のマンドリン団体を数多く指導しており、 現在日本マンドリン連盟中部支部理事、東海音楽舞踊会議運営委員長をつとめる。 作品は多岐に渡り、マンドリン合奏曲以外にも吹奏楽曲、邦楽曲、合唱曲、劇音楽、舞踊音楽など多くの作曲、編曲活動に携わっている。1981年名古屋市芸術奨励賞授賞。マンドリン合奏以外ではギター合奏に継続的な作品が書き下ろされており、現在10数曲を数えている。
本作品は名古屋大学ギターマンドリンクラブの委嘱で作曲されている。本作の基となっているのは1987年『帰山栄治作曲の世界』その1、DANCER 野々村明子とともに、で初演された舞踏音楽「生きる」…冬と春のあいだ…の序奏部である。「生きる」は序奏と二部構成からなり70分に及ぶ大作であり、名古屋市芸術選奨奨励賞、芸術選奨文部大臣新人賞、世界バレエ・モダンダンスコンクール特別賞など数々の賞を受賞した現代舞踊家野々村明子との競演で生まれたシンセサイザー作品の意欲作で、ある種の瞑想的な響きに支配された居場所の定まらない音楽が流転を繰り返しながら無限の彼方に収斂していく様が聴いて取れるが、後年のOuverture Historique6や7の世界を先取りした作品としても、もっと聴かれるべき作品と言えないだろうか。
帰山氏に、「ゆらぎの彼方」について伺ったところ、次のようなお話を聞くことが出来た。氏は2016年の闘病に際して「日本一カッコ悪い男が恋をした」というタイトルの自伝風の小節を起案した。これは高校1年生の時に始まった、主人公まもる君の「恋」の変遷、遍歴を、高校生活、大学生活に渡って、記録と記憶を頼りに「まとめて」みようという試みであったが、退院後、1988年時点で「永遠の創造」という過去の著述の第一稿を認めている原稿を発見し、両者のアイデアをまとめていく中で上記「生きる」を聞き直したところ、著述の内容そのものがまさに音として綴られている事に気づいたとの事で、全てはここから始まるお話との事。著者名を河上信二として完成された本著作は当面の間非公開との事だそうで、上記のようなサイドストーリーからしても氏がこの曲の内面的な部分を言葉にされる事はこれからもないと考えられる。ちなみに氏によれば「生きる」の世界は「哀しさ、寂しさ(淋しさ)、苦しさ、辛さに満ちた音の世界」だそうである。
ゆらぎとは、ある量の空間的または時間的な平均値からの変動を指す言葉であるが、まさに冬と春の間にある空間的、時間的、物理的、感情的な行き来を幽玄な響きで表した音楽と言えるかもしれない。そしてそうした変動の向こう側にあるものが「哀しさ、寂しさ(淋しさ)、苦しさ、辛さに満ちた音の世界」として表現されているのではないだろうか。


参考資料:帰山栄治作品解説集(http://www.bass-world.net/kaeriyama_works/wiki.cgi?page=FrontPage)
帰山栄治 <「永遠の創造」著作について…>

posted by コンコルディア at 19:58| Comment(0) | 45th定演曲目解説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント