2016年06月10日

群炎III

マンドリンオーケストラの為の群炎III
(1972)
熊谷 賢一
Kenichi Kumagai(1934.2.16 Yokohama〜)

 作者は1934年に横浜に生まれ、愛知学芸大学卒業後、間宮芳生、助川敏弥の両氏に師事、NHKの委嘱による作曲、指揮活動を開始した。その後、川島博、中川弘一郎の両氏と「三音会」を結成し、各種音楽団体の委嘱による作曲活動をはじめとしてドラマ、映画、舞踊、室内楽、合唱、幅広い活躍を続け、また現代音楽集団、土の会、東海音楽舞踊会議など多くの団体に所属し活発な創作活動を展開してきた。合唱曲の分野では特に多くの作品があり、雑誌「教育音楽」において73年より継続して小中高生の為の合唱曲を多数発表した。90年には朝日新聞社・日本合唱連盟主催による第一回朝日作曲賞で「イタリアの女が教えてくれたこと」が第一位を受賞している。
マンドリン合奏には実験的な音楽から平易なアンサンブル用の作品まで多くの作品を残しており、ボカリーズI〜X、群炎I〜VI、ラプソディーI〜VI、バラードI〜VI、プレリュードI、等がある。作者のマンドリン合奏のための作品は、学生団体の不作法や著作権処理の不備などを理由に1996年から2000年の間演奏凍結がなされていたが、現在では適切な手続きを踏まえて演奏が可能となっている。最近作者とご家族のウェブサイトであるクマハウス(http://kumahouse-16.sakura.ne.jp/kenichi_top.html)が立ち上げられ、楽譜などの問い合わせもそこから可能となっている。
 本曲は1972年に書かれ、東海学生マンドリン連盟演奏会の名古屋学院大学ブロックにて初演された。6曲あるマンドリンオーケストラのための「群炎」は、IとIIが弦楽器のみの編成で書かれており、本曲以降は弦楽器に打楽器が加わった編成となっている。このため一聴するとIII以降で印象が変わったように感じられるが、後述するようにIIとIIIで密接な関連性が持たされており、シリーズとしての連続性が保たれている。
 本曲は三部形式からなる。冒頭マンドロンチェロによって提示される主題は現代的な楽想で様々に展開される。中間部は躍動的な前半と歌謡的な後半からなる。再現部では、主題の動機の逆行形を有する低音のオスティナートに乗せて、より激しく主題が歌われる。
 群炎IIの主題は曲中で3か所姿を変えて登場する。しかし、曲の最後に現れる際にはその最後の部分が省略されている。省略された3度上昇-2度上昇の音型、それが群炎IIIの主題の中核となる部分動機である。群炎IIIはその部分動機をもつ主題から始まる。つまり、群炎IIIは群炎IIが終わったところから始まり、群炎IIで失われたものを補完する。中間部の最後では群炎IIの主題の断片が(群炎IIで群炎Iの主題の断片が引用されたのと同様に)引用され、この2つの曲の関連性を明らかにしている。

参考文献:音楽家人名事典 新訂第3版 (日外アソシエーツ, 2001)、マンドリンオーケストラコンコルディア第32回定期演奏会パンフレット、邦人作曲家・マンドリンオーケストラ作品リストhttp://homepage3.nifty.com/chocchi/Composer/composer_frame.html
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シンフォニエッタNo.5

マンドリンオーケストラの為のシンフォニエッタNo.5
(1977)
大栗 裕
Hiroshi Ohguri (1918.7.9 Osaka〜1982.4.18 Osaka)

I. Allegro
II. Andante
III. Allegro molto

 作者は生涯を関西を中心とした日本音楽界の為に捧げた日本のクラシック音楽史上の大功労者。朝比奈隆に師事し、1941年旧東京交響楽団にホルン奏者として入団したのを皮切りに、多くの楽団に在籍、大阪音大講師に就任した。「浪速のバルトーク」の異名を誇り、日本人の土俗的かつ原始的な感情に根ざした作風でオペラ、管弦楽曲、吹奏楽曲等、多くの分野で作品を残した。1958年に大阪府芸術賞、1991年に日本吹奏楽アカデミー賞を受賞。没後30年に当たる昨年には記念演奏会などが多数催された。
マンドリンオーケストラのためにはシンフォニエッタを始めとした純器楽のほか音楽物語、ミュージカルファンタジー等を多数残しており、その総数は約40曲にも及んで作者の作品の中でも多くの割合を占めている。最近、大栗裕記念会により、ティーダ出版から作者の作品のファクシミリ版が出版されており、第1弾として本曲とシンフォニエッタ第6番「土偶」が頒布されている。
 大栗のマンドリンオーケストラのためのシンフォニエッタは7曲(及び編成違いのサブナンバー1曲)が作曲されており、ソナタ形式等を用いた3楽章の形式を雛形としながら作曲者の音楽性が表現されている。今回取り上げるシンフォニエッタ第5番は、1977年に関西学院大学マンドリンクラブにより初演された。
 シンフォニエッタのシリーズの前後作が標題を有しているのに比して、本曲は標題を有しない絶対音楽として書かれている。シンフォニエッタ第2番はごく短期間で急遽作曲され、第3番と第4番は着手時にはシンフォニエッタとして企画されなかった可能性があることを考えると、本曲でシリーズの原点に立ち返るような意味合いが持たされたのかもしれない。標題音楽として書かれた前後作においては楽章間の関連性が標題上の重要な意味をもたらしているが、本作ではそのような仕掛けは薄く、楽想によって率直に音楽が表現されている。
 

参考文献:日本の作曲家―近現代音楽人名事典(日外アソシエーツ, 2008)、マンドリンオーケストラコンコルディア第26回定期演奏会パンフレット
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