2013年06月21日

シンフォニエッタニ短調

シンフォニエッタニ短調
Sinfonietta in re minore, in un tempo
ウンベルト ゼッピ
Umberto Zeppi (1890.11.9 Como ~ 1978.6.24 Albese)

 作者はイタリアの作曲家・ヴァイオリニストである。マンドリン音楽の作曲者として著名なA. Cappellettiに学び、CappellettiやU. Bottacchiariが指揮を執ったマンドリン合奏団Floraで両者の跡を継いで指揮者になった。作品には歌劇、カンタータ、管弦楽曲などがあり、マンドリン音楽にも複数の作品を残している。
 本曲は始めに単楽章のシンフォニエッタとして管弦楽のために作曲され、後に作曲者自身によってマンドリン合奏のために編曲されたものである(管弦楽版は後に緩徐楽章、メヌエット、フィナーレの3つの楽章が追加され、全4楽章の作品となっている)。1952年にFloraの設立60周年を記念して開催された合奏コンクールでは課題曲に選ばれている。
 曲はロマン派の自由なソナタ形式による。器楽的な楽想と和声進行中心に構成された経過句はややもすると理屈っぽさを感じさせるが、和声の広がりを感じさせる重ね方とロマン派らしいめまぐるしい進行は本曲の魅力である。
 緩徐な序奏に始まった音楽は、テンポを速めて第1主題に入る。主調のニ短調で提示される第1主題は器楽的なパッセージの旋律を有して前進感を感じさせる。一方雄大な第2主題は平行調であるヘ長調で提示される。展開部は第1主題を中心に展開が行われ、最後にはイ音による属音保続部を有している。属音保続部により導かれた再現部では同主調で第2主題が再現される。一旦序奏の楽想が挟まれ、主調にて第1主題が再現される。さらにオーケストレーションを変えて第1主題が歌われた後、再度序奏の楽想を挟んでコーダにて曲が閉じられる。
 再現部において第2主題が先に再現されるソナタ形式という観点で、本曲の楽式はブゥダーシキンの「ロシア序曲」と共通している。しかし本曲では各主題の調設定がかなり古典的に設定されており、ソナタ形式が本来もつ性質がよりはっきりと維持されている。再現部において第2主題が主調に達することによる一体感はソナタ形式の醍醐味であるが、第2主題が先に再現されることによってそれがより強調されているのは本作品におけるひとつの工夫の成果であろう。

参考文献:Album Philodolino 2 (石村隆行編集、1991)
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カルソ風夜曲

カルソ風夜曲(1935)
Notturno Carsico
エマニュエーレ・マンデルリ/松本譲編曲
Emanuele Mandelli(1891.8.27 Morengo(Bergamo)〜1970)

 作者はイタリア北部、ロンバルディア州のベルガモの小都市モレンゴに生まれた、管弦楽作曲家にして指揮者。ミラノの音学院に学び、1920年には再びエミリア・ロマーナ州パルマの音楽学校を卒業した。長くベルガモのドニゼッティ音楽院で教鞭を取り、同地では聖マリア・マジョーレ教会の楽長も務めた。作品については多くは知られているわけでは無いが、劇場作品、管弦楽、ピアノ曲、合唱曲などを残した。管弦楽作品には交響的エピローグ「ミラ・ディ・コドラ」「聖書組曲や組曲「聖フランチェスコの花」がありピアノ作品や合唱曲も多く残されている。斯界へのオリジナル作品には、1931年『Il Plettro』誌に掲載された名作「楽興の時」が本邦でも広く知られている。
 本作品は1935年イタリアのカリッシ社より出版された管弦楽曲である。同年には前述の交響的エピローグ「ミラ・ディ・コドラ」も出版されており、旺盛な創作意欲を伺わせると同時に、同作に通ずる原初的な暗鬱感に満ちたものとなっている。題名にある「カルソ」とはスロベニア西南部からイタリア北東部トリエステにかけての台地を指す地域名称で、同地域に多く見られる石灰岩などの水に溶解しやすい岩石で構成された大地が雨水、地表水、土壌水、地下水などによって侵食(主として溶食)されてできた地形からカルスト地形の語源になっているものである。位置的にはイタリア半島のつけね、ブーツの膝の裏にあたる辺りの地域である。
 冒頭から瞑想的なギターとマンドラの旋律が不安気な和声の中に浮き沈みするが、調性的な安定を得ることが出来ずに、古代と現代の狭間の空間をたゆとうように揺らぎと混沌の中に薄明の光を見る。やがて夜明けと共に、深い鐘の音が響き、すべての旋律は夢の中の出来事であったように消えていく。マンデルリの作品にしばしば見られる、歌い過ぎず、濃密になり過ぎず、紙一重のところで陳腐なロマン派小品に陥らない作風が本作にも伺え、作者の精神性の高さを示していると思われる。

参考文献:コンコルディア第23回、第27回定期演奏会曲目解説、Wikipedia、松本譲氏から譲渡された資料
posted by コンコルディア at 20:39| Comment(0) | 過去の定演曲目解説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ロシア序曲

ロシア序曲
РУССКАЯ УВЕРТЮРА (1945)
ニコライ パヴロヴィッチ ブゥダーシキン 作曲 歸山 榮治 編曲
Николай Павлович Будашкин (Nikolay Pavlovich Budashkin) / Rid. Eiji Kaeriyama
(1910.8.6 Любаховке ~ 1988.1.31 Москве)

 作者は現在のカルーガ州にあるLyubahovkeの村に生まれモスクワで死去したロシアの作曲家。幼少期によりアマチュアのブラスバンドおよびロシア民族楽器オーケストラに親しみ、1929年にモスクワ州立の音楽学校に入学、1937年には作曲課を修了した。1945年から1951年までバラライカ奏者であるOsipovの名を冠する国立民族楽器オーケストラの指導助手を務め、そのオーケストラのために多くの作品を作曲した。1965年からはモスクワ州立芸術文化大学にて教鞭を取った。ロシア幻想曲、ドゥムカ、ロシア狂詩曲などの作品により、2度のスターリン賞を受賞。民族楽器のための音楽の他、映画音楽などに作品を残している。
 ロシアの民族楽器オーケストラはバラライカやドムラなどの撥弦楽器を中心に構成され、トレモロを比較的多く使用する表現方法など、そのサウンドはマンドリン合奏と通じるものがある。マンドリン音楽の発展のためには「大衆性」を有するレパートリーの充実が必要と考えた編曲者の歸山氏は、親しみやすい音楽としてこれらロシア民族楽器オーケストラのレパートリーに着目しその作品をマンドリン合奏に編曲する活動を行った。編曲活動を始めた後に歸山氏はモスクワへ渡航し、病床にあったブダーシキンを訪問した。既に本人との意思疎通は難しかったが、夫人にマンドリン合奏へ編曲した演奏の録音を披露したという。歸山氏によるロシア序曲の編曲には複数の版が存在するが、本日は後年再編曲されたクラリネットや打楽器を含む版を使用する。
 本曲は作者がOsipov記念国立民族楽器オーケストラに関わり始めた1945年ごろの作品であり、民族楽器オーケストラのために精力的に作品を発表する先駆けに位置する作品と考えられる。序曲という形式の中で軽妙さと憂愁の間を揺れ動くロシア音楽らしさが率直に表現されている。
 曲は再現部において第2主題が先に再現される、ロマン派のソナタ形式による。短い序奏の後、ヘ長調の第1主題が提示される。三拍子のこの主題はシンコペーションのリズムが特徴的で、途中に短調への転調を含みつつも軽快で明るい楽想をもっている。それに続く第2主題は拍子も二拍子に変え、嬰ヘ短調で憂いを含んで歌われる。この主題は楽節の中間に第1主題と共通の動機を有しており、2つの主題は完全に独立なものではない。再び主調で第1主題が奏された後には、主題の展開要素が少ない中間部が置かれている。再現においては第2主題が先に再現されるが、この再現は同主調ではなく平行調であるニ短調で行われ、それに先立つ属音保続部もニ短調への属音であるイ音にて行われる。一方第1主題は再現において同主調であるヘ短調に移調され、最後は物悲しく曲が終わる。2つの主題の調性対立とその変容というソナタ形式の楽式観を中心としつつも、再現においてはどちらかの調への集約ではなく互いに近づきあうという点に独自の美意識が見て取れる。

参考文献:Материал из Википедии − свободной энциклопедии(ウィキペディア ロシア語版) http://ru.wikipedia.org/wiki/Будашкин,_Николай_Павлович
posted by コンコルディア at 20:37| Comment(0) | 過去の定演曲目解説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする