2012年06月14日

第40回記念定期演奏会の開催にあたり〜今回の演奏会の聞きどころ

 コンコルディアは今年40歳になり、二度目の成人式を迎えました。これもひとえにこれまで支えていただきました聴衆の皆様、CDでいつもコンコルを聴いてくださる皆様、先輩、仲間たちのおかげと思います。改めて御礼申し上げます。
 先日、当団の創立40周年の記念パーティが開かれました。第一回の定期演奏会の写真を初めて見ることが出来たのですが、そこにいるのは今と同じキラキラした目のやる気満々のメンバーでありました。40年が過ぎ、創立当初から参加いただいている先輩方が何人も本日のステージに集まってくださいます。コンコルディアには今そうした還暦を過ぎた先輩から大学生まで実に幅広い年代の団員が所属しています。そしてコンコルディアが取りあげる作品もまた世代を超えて、歴史を超えて後世に残すべき作品ばかりであると自負しています。
 私がコンコルディアで指揮をとって25年目になりますが、若者の音楽的嗜好の変化の中で、変わらぬモノを愛し、切磋琢磨して取り組めるメンバーに恵まれた事は本当に幸せな事だと実感いたします。ただひたすら、ひたむきに取り組んできた事が、悠久の時の流れの中で確かな存在を示す、ごく小さな光となれたらの想いで続けてきた25年でした。社会人の音楽団体は学生時代のように、惜しみなく時間を注ぎ込んで音楽に打ち込める、というものではありません。『音楽活動』に対する価値観も個々人によって大きく異なります。そんな環境でありながらも毎回約10カ月をかけて演奏会を作り上げていく事をたゆみなく続けてこれたのはメンバーの努力とコンコルディアという団体に属するメンバーの人間性ゆえであったかと思います。これまでにステージに乗ったメンバーは350人を超えているようです。その中から今回は総勢80名が集いました。遠地から駆けつけてくれたOBOGも多数ステージに立つことになります。何年も離れていてまた戻ってきてくれた方、子育てが一段落して戻ってきてくれた方、メンバー全員に心から感謝の意を伝えます。そしてまたすべての関係者の皆様にも改めて御礼を申し上げます。

 さて今年はお祝いの年です。難しい事は言いません。舞台の上のメンバーも会場の皆様もご一緒に楽しみましょう。
 第一部では先輩諸氏が古くからなじんだ古今名曲を並べました。「ローラ序曲」は第1回定期演奏会の1曲目に演奏した、コンコルディアの起源と言ってもいい曲です。「夜曲」も第1回定演で演奏された作品です。「華燭の祭典」は第15回記念演奏会で演奏した作品です。このステージはコンコルディア創設期から尽力してくださった皆様と共に誕生パーティのつもりで楽しみたいと思います。

 第二部はコンコルディアに縁の深い作曲家の方々の作品を採り上げます。
 帰山先生の作品は今回で20作目になりました。一人の作曲家の作品をこれだけ追い掛け続けてこれたのは、大変貴重な経験であると感じます。帰山作品の魅力はなんといってもそこに人生そのものが投影されている事でしょう。我々は20年かけて孤高の作曲家の人生を追い掛けてきたのだと思います。それは壮大な叙事詩のようでもあり、「宿命的な寂しさ」と対峙してきた男のモノローグのようでもあります。この旅路の果てに何があるのかはわかりません。全ての作品を網羅する事も叶わないかと思いますが、これからもコンコルディアは毎年この作曲家の歩く道を辿り続けて行くことになると思います。それこそがこれまでのコンコルディアのレゾンデートルの一つであり、これからもそうだからです。
 続いては小林由直さんと吉水秀徳さんの作品です。お二人とは約20年のお付き合いになりました。今回採り上げる2曲はいずれもコンコルディアが初めて取り上げた各氏の作品であり、縁のある作品を並べてみました。
 「2つの動機」は、87年に名古屋大学が初演以来初めて復活演奏をしたのですが、その演奏を聴いて感激したメンバーが夜行列車で私の家に駆けつけて、いいからこれを聴いてくれと言われて、忽ち魅了され、翌年に演奏するという出会いをしました。なんともおおらかな時代でありましたが、なんと今年偶然にも、その87年の名古屋大の演奏メンバーが入団してくださったという奇跡的な巡り合いがありました。非常に感慨深いものがあります。また吉水さんには第21回定期演奏会のおりに、弊団のエンディングテーマであるDear Concordiaも作曲していただきました。オフィシャルには初めて書きますが、作品の主題はまさにDear ConCorDiaから採られたD-C-C-Dであります。我々は毎年の演奏会の終わりに感謝の心を込めて、このD-C-C-Dのモチーフを奏でています。
 小林さんとの想い出はまずなんといっても第23回で初演した、「音層空間」が挙げられます。オーケストラが16-8-4-3-2-2と35パートにも細分化され、なおかつオーケストラがハープを取り囲むように配置された非常に複雑でありながら、幾重にも透明なヴェールをまとった女神像を思わすこの作品はJ.アダムスの「ハルモニウム」を彷彿とさせる名曲でありますが、殆ど再演されておりません。いつかまた我々の手でこの作品を音にしなければいけないと考えております。そして第30回「旅人の歌」、37回「海光る風」と大作を取り上げさせていただく中で、忘れ得ぬものとして第29回で取り上げた「ELEGIA」があります。今回取り上げる「星の庭」同様「音楽を続ける事の叶わなかった友人」へのレクイエムと言ってもいいかと思います。小林さんの作品では大曲とともにこうした心象風景とも言える作品への共感は若い時分もり更に深まってきたように感じます。

 第三部ではまずはじめに今年の最大の目玉である熊谷賢一先生の「宇宙船地球号は歌う」をお楽しみいただきたいと思います。熊谷作品は様々な事情から現在殆ど取り上げられる機会もなく、歴史の中に埋没されようとしています。しかしここに聴かれる響きはマンドリンオーケストラという音響集団が奏でる響きの特性を熟知し、なおかつ次々と湧き出る魅力的な歌とそれを彩るオーケストレーションの才が筆を操った正にマジックといっても差し支えないものです。殊に熊谷作品で聴かれるユニゾンの強さと美しさは、自分の言葉を音楽として伝えるんだという他に類を見ない強い意志を感じます。これらの作品を我々は失おうとしていますが、熊谷作品は絶対に忘れられてはいけない作品です。これからもなんとか継続的に取り上げながら、歴史の証人としてその確かな足跡を形あるものとして伝える使徒として活動してまいりたいと考えています。
 そして記念すべき40周年の大トリを飾るのは、コンコルディア創立メンバーが薫陶を仰いだ巨星鈴木静一の大作「幻の国・邪馬台」です。何も言うことはありません。メンバー全員の40年分の想いを乗せてお届けいたします。
 今のところ天候は曇り後雨という予報ですが、ぜひお運びいただき、蒸し暑い夜の極上のソワレをごゆっくりお楽しみいただけますと幸いです。
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2012年06月13日

コンコルディア第40回記念定期演奏会(6/16(土)17時〜)

以下の通り、定期演奏会を開催いたします。
みなさまのご来場をお待ちしております!。

マンドリンオーケストラコンコルディア第40回記念定期演奏会
日 時 2012年6月16日(土) 開場:16:30、開演:17:00(予定)
場 所 かつしかシンフォニーヒルズ・モーツァルトホール
(京成本線「青砥駅」徒歩7分)
入場料 無料(チケットなしでもご入場いただけます)

第1部
小序曲「ローラ」 Hyacinthe Lavitrano
夜曲 Spartaco Copertini
幻想曲「華燭の祭典」 Giuseppe Manente / 中野二郎 編曲

第2部
マンドリンオーケストラの為の小組曲「玩具」 歸山榮治
マンドリンオーケストラの為の「星の庭」(初稿版) 小林由直
2つの動機  吉水秀徳

第3部
マンドリンオーケストラの為のボカリーズVIII「宇宙船地球号は歌う」 熊谷賢一
大幻想曲「幻の国」(初稿版) 鈴木静一

※未就学のお子様のご入場はご遠慮下さい。

Scan10003.JPG
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2012年06月11日

6月9日今期最後の練習報告!

♪ざんざざんざんざざざざざんざんざざーーーきゅるるるるるるるるるるるるるるるる〜♪

↑何かってのは、宇宙船「地球号」の乗組員は6月16日にかつしかシンフォニーヒルズに来たらいいと思いますよ、ってことで。
今期最後の練習報告はこばちぃ@チェロでステマネがお送りします。


練習会場はいつもの湯島ではなくアカデミー茗台でした。
なぜでしょう、茗荷谷はいつも雨だった気がします。
ここの部屋はとても広いので、先週のぎっちぎちあわや椅子が足りなくなるような管楽器合わせの練習が
ここだったらよかったのに…と思うのは、後から決まるので仕方のないことです。
練習会場の確保、いつもありがとうございます。


先週は1部の記念ステージを中心に練習したので、2部3部を中心に。


「玩具」は、カエリヤマを弾く為にやってきたNAGOYAの新星が光ります。壊れるまでやっちゃってください。

「星の庭」では、光を超えて飛び出してはいけません。ニュートリノは速くなかったんです。

「二つの動機」をDOKI☆DOKIって呼ぶのはどうなんですか。もちもちじゃだめなんですか?

「華燭の祭典」のギターの音が変わってふーんて思ってるチェロの欠席だった皆さんは、チェロも変わったから気をつけてくださいね(業務連絡)。

「宇宙船『地球号』は歌う」は、全員落涙して弾けなくなっちゃったらごめんなさい。フォークは弦が切れませんように。

「幻の国(耶馬台)」で卑弥呼が岩戸に隠れるのは6月16日(土)のかつしかシンフォニーヒルズですよ!金冠日食は終わっちゃったけどね!(だんだんだだだーん!)


40年目の奇跡の瞬間、団員一同ご来場をお待ちしています!

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2012年06月10日

マンドリンオーケストラの為のボカリーズ[「宇宙船『地球号』は歌う」

マンドリンオーケストラの為のボカリーズ[「宇宙船『地球号』は歌う」(1981)
熊谷 賢一
Kenichi Kumagai(1934.2.16 Yokohama〜)

 作者は1934年に横浜に生まれ、愛知学芸大学卒業後、間宮芳生、助川敏弥の両氏に師事、NHKの委嘱による作曲、指揮活動を開始した。その後、川島博、中川弘一郎の両氏と「三音会」を結成し、各種音楽団体の委嘱による作曲活動をはじめとしてドラマ、映画、舞踊、室内楽、合唱、と幅広い活躍を続け、また現代音楽集団、土の会、東海音楽舞踊会議など多くの団体に所属し活発な創作活動を展開してきた。合唱曲の分野では特に多くの作品があり、雑誌「教育音楽」において73年より継続して小中高生の為の合唱曲を多数発表した。特に日本作曲家協議会主催の演奏会では「地球の夜明け」「風花」「2つの春の歌」などが初演されている。他にも90年には朝日新聞社・日本合唱連盟主催による第一回朝日作曲賞で「イタリアの女が教えてくれたこと」が第一位を受賞している。その他「やがて雨のあがる朝に向かって」「夜明けに寄せる3つの歌」、歌曲集「北の雪降る街から12ヶ月の歌」、創作オペラ「ゆきおんな」、管弦楽と鳴り物の為の「群炎」、など多くの作品が全国で演奏されている。 
 マンドリン合奏には実験的な音楽から平易なアンサンブル用の作品まで多くの作品を残しており、ボカリーズI〜X、群炎I〜VI、ラプソディーI〜VI、バラードI〜VI、プレリュードI、等がある。作者のマンドリン合奏のための作品は、学生団体の不作法や著作権処理の不備などを理由に1996年から2000年の間演奏凍結がなされていたが、氏の作品を初演するなど縁の深いプロムジカマンドリンアンサンブル(広島)の創立者であった高島信人氏の働きかけや斯界からの熱心な要望もあり、現在では作者との適切な手続きを踏まえて演奏が可能となっている。
 本曲は1981年、名古屋学院大学マンドリンクラブの委嘱により作曲され、同年の定期演奏会で初演された作品で、ボカリーズX「すばらしい明日の為に」と並んで作者の歌謡性が最も発揮された作品。1981年名古屋、1982年広島、1986年名古屋と三度に渡って開催された「宇宙船地球号マンドリンコンサート〜熊谷賢一のマンドリンオーケストラ曲による平和のための音楽会」においても継続して演奏され、全国の学生マンドリン奏者を魅了した。

地球号.JPG

 曲中には3つの合唱作品が引用され、メドレーで演奏される形式をとっている。中でも曲のタイトルとなり冒頭と結尾で演奏される「地球は大きな宇宙船」は作者の合唱曲の中でも大変愛唱される作品のひとつである。後期の熊谷作品は多くの合唱作品の引用がなされているが、本作も名曲「青葉の歌」「つばさ」「すばらしい明日のために」と同様、詩人門倉訣の詩によるものである。2009年に惜しまれつつ没した門倉は戦後、平和と民主主義を歌で訴えたうたごえ運動の礎となった詩人である。門倉の詩以外でも作者は谷川健のペンネームで多くの合唱曲を作曲しているが、上記のように80年代に入ってから作者は合唱曲からの引用を踏まえ、その旋律をマンドリンオーケストラという媒体を通じて「謡う」事を作品の主眼に置いており、まさに「ボカリーズ」としてその願いは花開いた。また、本曲にはフォークギターパートが設置され、大きな役割を果たしているが、熊谷作品の最大の魅力である「うたごころ」を鮮やかに彩ってその魅力をいっそう引き立てている事にも注目したい。

 作者はその作品を「青少年」の為に書いたと述懐しているが、メロディメーカーとしての天才的な旋律美、和声の美しさ、転調の鮮やかさ、様々に彩りを変えながら旋律を引き立てるオーケストレーションの妙、どれをとっても得難いものであり、邦人マンドリンオーケストラ作品の系譜においても極めて重要な至宝であり、かつて「青春時代」を過ごしてきた全ての奏者の為の作品であると言えるだろう。特に歌唱性という点ではともすると陳腐な通俗性に陥りがちな節回しが、優れたオーケストレーションから産み出されるハーモニーの美しさで彩られて雄大に響きわたる事は作者の作品の中でも一つの実りを得たものである。
 熊谷作品が描くものは、あるものは「河」だったり「風」だったり、またあるものは「大地」であったりと叙景的に映るが、共通している真のテーマは「人間」であり「人間讃歌」である。そしてその人間が産み出してしまった兵器の廃絶と「平和への祈り」である。これこそが熊谷氏が音楽を書き続けてきた理由であり、すべての「歌」はこの「祈り」に通じている事を忘れてはいけない。。
 シリアスかつ斬新な響きの前期作品とある意味対局にあるとも言える後期の熊谷作品。「歌」を紡いで「祈り」続けてきたこの後期の熊谷作品には、昭和の時代、確かに日本に大きな足跡を残した「フォークソング」「歌謡曲」の系譜をかいま見ると共に、おおらかな心と豊かな感受性に裏付けされた「うたごころ」が脈々と息づいている。コンコルディアは熊谷氏がその音楽人生をかけて産み出してきた「歌」と「祈り」を大切に守り、伝えていきたい。

※本稿は本年度の演奏会プログラム出稿分を加筆したものです。
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大幻想曲「幻の国」(邪馬台)

大幻想曲「幻の国」(邪馬台)(1970)初稿版
鈴木静一
Seiichi Suzuki (1901.3.16 tokyo 〜 1980.5.27tokyo)

 作者は1901年東京に生まれた。幼少時よりオルガンを嗜み、中学時代には教師であった吉沢氏に作曲・和声を師事、A.サルコリの元で声楽家を目指すも師の勧めで断念し、ギターやマンドリンに手を染めた。後、作曲の才能をも認められ作曲活動を開始した。26歳の時には東京マンドリン協会が創設され指揮者となり、O.S.T主催の第1回作曲コンクールに「空」が2位入賞した。作品は23歳時に処女作『山の印象』を発表してから続けざまに多くの作品を世に問うたが、1936年36歳時に日本ビクター入社と共に斯界から一時身を遠ざけた。以後1965年に斯界に復帰するまでの間に、数百に及ぶ映画音楽や、流行歌の作曲を手掛ける。65年には旧友であった小池正夫の死をきっかけに斯界に復帰、以後7年間の間に、斯界の宝となる数多くの大作、小品、逸品を発表した。また戦前の作品についても改訂や改作を施して発表し、斯界のレパートリの拡充に寄与している。1970年代後半の学生マンドリン界を鈴木静一ブームが席巻し、学生サークル人口の増加と相まって全国的に演奏される事となったのである。我がコンコルディアにも青山学院大学や跡見女子大学、九州大学、竹内マンドリンアンサンブルなどで鈴木氏から直接薫陶を受けた部員が何人もおり、クラブ創設初期には重要なレパートリとなっていた。
 1980年5月27日、惜しまれながら永眠。病床にまで持ち込んで書き綴られたと言われ、作者がマンドリン合奏曲の集大成として起草していたであろう、遺作交響詩「ヒマラヤ」は、まさしく幻の大作となってしまったのである。
 本作品は1970年、九州大学マンドリンクラブの委嘱により作曲、1972年と74年に終結部の変更や管楽器の追加などの改訂が行われた。上記のように作者は斯界復帰後の7年間にその作品のうち重要なものを作曲しているが、中でも1968年からの三年間で作者の重要な作品の殆どが作曲されている事実を見るとこの黄金の3年間には天からミューズの神が降りてきていたと実感される。特に1970年には本曲の他、「受難のミサ」「美しき川長良」「比羅夫ユーカラ」「クリスマス綺想曲」と作曲されている。御歳69歳、驚くべき創作意欲の発露である。また同時期には北海道から九州まで全国を飛び回って各地の有力校の指導を行っていた事も考えると、鈴木静一は本当に神が斯界に遣わした使徒であったのかもしれないと感じられる。本日の演奏は結尾部が異なり、ファゴットを含まない編成の初稿を用いて、現行版よりも一層荒々しい響きをお楽しみいただきたい。

謎の国耶馬台には、中学時代から感心を持っていた−というより憧れていた。そして今、その憧れを音楽に託す機会を得た。私はもとより耶馬台については何の根拠もテーゼも持たないただ耶馬台を文書の上で伝える唯一の記録、漢の韓国魏志倭人伝から描いた幻想に過ぎない。私の幻想では耶馬台は彌生後期九州に郡立する諸民族の中心となった卑弥呼<ヒミコ>と呼ぶ巫女を女王とする一種族であり、そのヒミコは<日巫女>あるいは<日の御子>即ち日本書紀の神話が伝える天照大神とする。これは中学時代の歴史教師の示唆もあったが、これ以来私の幻想は耶馬台のすべてを日本神話に結びつけ、次第に育ったものである。

−曲想−
「帯方(朝鮮の中部)の南方遥の海上に倭と呼ぶ島国(日本)あり。百余国に分かれる中に耶馬台国、女王ヒミコを戴き、近隣を統率する」と魏志倭人伝は説き起す。曲はペンタトニック(五音音階)の導入部で始まる。これは太陽神としてのヒミコのイメージである。続いて現れるリズミックな旋律は耶馬台国の繁栄を描き、その上にこの幻想曲の主題を呈示し華やかに発展するが、やがて力を失い陰うつに変化する。これはヒミコが弟の乱行を厭い身を隠すことにより光を失った耶馬台国が、果てなき暗黒に没したのを悲しむ人民の嘆きである。
 次に神楽(かぐら)を連想させる鈴の音を伴う舞曲が現れる。これは失われた光ヒミコの帰還を求める人民が祭壇を設け、その前で一人巫女を舞わせる情景を表す。いわゆる<岩戸神楽>である。この舞曲は高潮する巫女の舞とともにはやし立てる人々の祈りが最高点に達した時、暗黒に閉ざされた空から一条の光が漏れる(導入部復帰)。ヒミコの帰還である。
 かくして耶馬台国は再び繁栄を取り戻すが平和は長く続かず、やがてヒミコが死にその弟が王位につくと(ティンパニーの強打)またもや暗黒に沈み、国内のみか近隣の国々まで動乱に巻き込み乱れに乱れる。遂に耐えかねた国民が建ち男王を退け、ヒミコの血をひく乙女を女王に迎えると不思議にも動乱は忽ち鎮まり(主題復帰)ここにゆるぎない国家としての耶馬台の歩みが始まる。日本建国である。
以上作曲者による解説


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2012年06月09日

2つの動機(モチーフ)

2つの動機(モチーフ) (1982,1987改訂)
吉水 秀徳
Hidenori Yoshimizu (1981.8.7 Osaka〜)

 作者は1961年大阪に生まれる。四条畷高校のマンドリン部を経て、大阪市立大学ギター・マンドリン・クラブでは指揮者として活躍しながら、自作「2つの動機(モチーフ)」を指揮、発表した。卒業後は京都を本拠とするエルマノ・マンドリン・オーケストラで活躍しつつ、作曲を行っている。作者の作品は「わかりやすい構成」「美しい旋律」を備えながら、マンドリンオーケストラが持つ本来の音色に着目しつつ、実験的な響きを模索するなど意欲的な社会人・学生アンサンブルの選曲に常にのぼる作品となっている。なお当クラブの委嘱作品である「序曲」(1991)は第5回JMUマンドリン合奏曲作曲コンクールで第3位に入賞している。コンコルディアのエンディングテーマとして毎年演奏している「Dear Concodia」も作者によるものである。
 本曲は前述の通り、1982年に作曲された作者の処女作である。初演後再演の機会が訪れなかったが、1987年、名古屋大学ギターマンドリンクラブが採り上げてから全国で爆発的な人気を博した。美しい旋律、わかりやすい構成は初心者にも取り組みやすいもので、若々しい躍動感にあふれた作品である。


 クラシック音楽を大別すると、あるテーマに沿って作られるもの(描写音楽やバレエ)と、音の配置の芸術性を追求する、わかりやすくいえば音の遊びを高度にしたもの(フーガや変奏曲)とに分けられる(大部分の音楽は両者の中間に属していると言える)。この曲は初めての作品である事もあって前者に大きく傾いているものである。
 冒頭、ギターの導きによって第1のモチーフが露骨に提示される。これを常に全体の中にあって中心にいる事を願望する存在とする。このモチーフは変形して自身を誇示するが、成功する間もなくしぼんでしまい、第2のモチーフが次に登場する。これは“全体”というものを表し、おおらかで明るく、また例えようもないほど美しい。
 第2のモチーフの助けを受け、第1のモチーフは中心に立ち、Allegro con motoで大いに活躍するが、その間第2のモチーフは支えとして登場する以外、一切登場しない。しかしAllegroの終わりとなる頃、旋律線にふと第2のモチーフがこぼれ、第1のモチーフは自身も“全体”の一端に過ぎなかったという事実を悟る。
 感動的に両者は融合し、曲はそのまま終わるかに思われたが、第1のモチーフは、その優しさのあまり生ずるであろう破局を第2のモチーフに感じ取り、独立して別の意味で中心を目指そうと決意する。
 曲自体はそれといった新しい要素もなく、むしろ既成の曲の二番煎じの感があり、曲の安っぽさとオリジナリティの乏しさは否定することができない。しかしエッセンスは3年以上も暖め増やしてきたものである事は保証できる。
 (1982年初演時のパンフレットより作曲者の言葉)



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マンドリンオーケストラの為の「星の庭」(1985)

マンドリンオーケストラの為の「星の庭」(1985) 初稿版
Starry Garden for Mandolin Orchestra.
小林 由直 作曲
Yoshinao Kobayashi(1961.8.6 Yokkaichi〜)

 作者は1961年三重県四日市に生まれ、4才よりピアノを習いはじめ、四日市高校在学中より作曲を始め田中照通氏に師事した。山口大学医学部を経て、現在内科医として三重県内に勤務。医学博士。山口大学医学部時代にマンドリンクラブに入部、当時より指揮に作品発表にと活躍してきた、現在斯界で最も多くの秀作を世に問うている売れっ子作曲家である。年代的にも私たちと同時代の作曲家として、常にその作品は刺激的であり、かつマンドリンオーケストラの新たな可能性の扉を次々に開きながら斯界のリーダーとして活躍している。1999年より2002年までギターマンドリン合奏団"meets"音楽監督を勤め、現在は各地の団体の指導及びマンドリンの世界にとどまらない幅広い分野で作曲に活躍している。斯界においては1985年には、「北の地平線」で日本マンドリン連盟主催の第4回
日本マンドリン合奏曲作曲コンクールにおいて第2位を受賞した。当クラブでは1992年の「マンドリン協奏曲」、1995年の「音層空間」と2度に渡って作品を委嘱し、初演している。近年は吉水秀徳氏、加賀城浩光氏とのコラボレーションで企画されたCONCERT1961や、柴田高明氏の為に作曲されたマンドリン協奏曲第二番などマンドリンが持つ楽器としての本来の機能を最大限に活かし、日本的な楽曲や西洋の伝統に沿った制作に取り組み、特に独奏作品を中心にドイツTrekel社より作品が相次いで出版されている。
 本曲は1985年11月にわずか5日間で書き上げられて、翌12月、山口大学マンドリンクラブによって初演された。小林氏の作品の中ではアンコールピースとして取り上げられることの多い小品だが、しっかりした作品作りは氏の作品に一貫したものである。現在は二度にわたり改訂が施されているが、今回は作者の了承を得て、初演版の総譜を使用して演奏する。初期の小林作品には叙景的な作品が多いが、本曲は心象風景といい換えた方が適切かもしれない。第一マンドリンとギターが両翼で歌いあげる主題のえも言われぬ美しさは小品ながら小林作品の珠玉といえるだろう。
東京のような都会ではどんなに晴れても、「星の庭」と呼べるような夜空には出会いようもないが、今宵、演奏会の帰り道、晴れていたならばぜひ一度は夜空を見上げて、今は遠くへ行ってしまった、貴方の大切な人のことを思い出してみてほしい。この曲は忘れかけた記憶の中から、その人とのかけがえのない想い出を引き出してくれる、そんな不思議な曲である。
                                                 
   皆さんは夜空を眺めたことがありますか?もう久しく夜空を仰いだことのない人もたくさんいるん
  じゃないでしょうか?
   晴れてよく澄んだ、深夜の、それもビルのあかりの全くない真っ暗な空をしばらく眺めていると本
  当にたくさんの星々が輝いているのが見えてきます。それぞれの星は記の遠くなるような距離を離れ、
  気の遠くなるような遥か彼方より光を放っています。その光の饗宴を見ていると宇宙の限りない広さ
  と、その片隅にいる自分のちっぽけな存在に思いをいたさずにはいられません。
   学生時代、夜も更けて友達の下宿から帰るときに見た、あの美しい夜空と、若くして逝った星空の
  大好きだった友人にこの曲を捧げたいと思います。

  曲はA-B-A’の3部形式で書かれています。Aの部分、Bの部分とも5度音程がカギになっています。
  A;5度を上へ上へ積み上げることで豊かな倍音のある豊潤な音楽を生み出そうとしています。
  E-H-Fis-Cis-Gis(これは1オクターブ下がりますが)は5度音程の積み重ねです。美しい夜空に拡がる
  満天の星といったイメージ(宇宙を地上から見上げている)。
  B;同じ5度でも平行5度を基調としたいわゆる「空虚の5度」を使い、Aの部分と音響的な対比をねらっ
  ています。宇宙空間に身を置き、冷たく澄んで輝いている星々を見つめているイメージ。
   これはあくまでも1つのイメージでありまして、まったく強制するつもりはありません。各々が心の
  中で描いた「星の庭」を感じながら演奏すればよいのです。
                                           (作曲者記)

img071b.jpg
◆1999年演奏時はパンフレットの表紙を「星の庭」のイメージが飾りました。
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マンドリンオーケストラの為の小組曲「玩具」 (1971,1979改作)

マンドリンオーケストラの為の小組曲「玩具」 (1971,1979改作)
歸山 榮治 作曲
Eiji Kaeriyama (1943.5.25 Ono〜)

 作者は1943年福井県大野市に生まれ、62年名古屋大学文学部入部と同時にギターマンドリンクラブに入部、一年後指揮者となった。
その後中田直宏氏に作曲を学び、クラブ内外で編曲を含め多くの作品を発表してきた。
 またチルコロ・マンドリニスティコ・ナゴヤをはじめとして、大学・社会人のマンドリン団体を数多く指導しており、 現在日本マンドリン連盟中部支部理事、東海音楽舞踊会議運営委員長をつとめる。 作品は多岐に渡り、マンドリン合奏曲以外にも吹奏楽曲、邦楽曲、合唱曲、劇音楽、舞踊音楽など多くの作曲、編曲活動に携わっている。 近年では中国民族音楽やアボリジニに伝承される音楽などにも造詣を深めており、海外でもその作品は紹介されている。1981年名古屋市芸術奨励賞授賞。マンドリン合奏以外ではギター合奏に継続的な作品が書き下ろされており、現在10数曲を数えている。
 本曲は名古屋大学ギターマンドリンクラブの委嘱により作曲された作者初期の作品である。小組曲とはなっているが、全体は4部構成となっていて楽章という表記はない。それぞれT. 序、U. 動、V. 静、W. 進、と名が付いている。本曲で言う「玩具」が何を表しているのかとはしばしば話題に上るところであるが、そのヒントはW.進にあると見ている。「進」ではマンドリンに現れる主旋律が途中に現れるアクセント音のプリングをポイントに逆行形で演奏されるパターンが頻出する他、ギターも音形を小節単位でばらして部分的に逆行形の音形を組み合わせるなど、遊び心に富んだ作りとなっている。つまり本作品そのものが音の遊びを散りばめた玩具のようなものと受けとめる事が可能である。また「序」と「進」には主題の関連性を持たせて、中間の「動」と「静」を挟み込む形式も非常に効果的と感じられる。その中間に挟まれる、無機質でメカニカルな「動」と、極めて直情的な「静」はそのタイトルと曲調がそれぞれ逆手に裏返したような内容となっており、実にウィットに富んだネーミングである。こうした裏をかいて、わかる人にだけわかるツボもまた「玩具」たる所以かもしれない。ちなみに初演稿は現行の改作版とは大きく異なり、響きが鬱蒼とした混沌の中にあり、玩具たるツボがさらに幾重にも覆い隠された希有な名曲である。改訂によって響きがクリアになり構成も整理されてオシャレ感が増しているが、この混沌に包まれた初稿もまた、帰山フリークには非常にそそられるものである事を付け加えておく。

参考文献:帰山栄治普及振興協会編「帰山栄治作品解説集」http://www.bass-world.net/cgi-bin/kaeriyama_works/wiki.cgi
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2012年06月08日

6月3日練習報告

マンドリン1stのDeepblueです。
例によって(?)合宿以来の出席で名古屋から練習に参加しました。
今年でコンコル7年目。初めて出たコンコル演奏会も鈴木静一でした。。。
(第34回:パゴダの舞姫)

この日の練習は賛助の方々にお越しいただいて、まずはメイン「幻の国」から。
やはり管楽器やピアノが入る練習は一味違いますね。
演奏会本番がますます楽しみです。

続いて2つの動機⇒ローラ⇒夜曲⇒華燭の祭典⇒星の庭とほぼ一通り練習。

練習後はやっぱりいつもの天狗へ。本番に向けて英気を養って全力投球です。
尚、演奏会については、他の紹介記事にあります通り6/16(土)ですので、お時間ある方は是非ともお越し下されば幸甚です。

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2012年06月06日

幻想曲「華燭の祭典」

幻想曲「華燭の祭典」
Festa di Nozze,Fantasia in 3 Tempi (1903)
ジュセッペ・マネンテ 作曲 中野二郎 編曲
Giuseppe Manente / Rid. Jiro Nakano  (1867.2.2 Sannio〜1941.5.17 Roma)
 作者はイタリアの作曲家。王立陸軍学校付属の軍楽学校にて音楽教育を受けた後、軍楽隊長を歴任した。この経歴から、作品は主に吹奏楽のために書かれている。マンドリン合奏のためにも多くの作品を残しており、その中には各地のコンクールに入賞した幻想曲「秋の夕暮れ」や序曲「メリアの平原にて」、4楽章の交響曲「マンドリン芸術」などの重要な作品が含まれる。
マネンテの作曲において演奏媒体は二義的なものであったようで、最初に吹奏楽で作曲され後にマンドリン合奏に編曲された序曲「小英雄」や、その反対にマンドリン合奏のために作曲されて吹奏楽に編曲された序曲「メリアの平原にて」が存在するなど、作曲者自身による作品の編曲が多く存在する。故中野二郎氏は戦前にマネンテと文通による交流があった。戦後、中野氏によって多くの作品が吹奏楽からマンドリン合奏へ編曲されており、本曲はその代表とも言えるものである。本曲ではマンドリン合奏に管楽器を導入することに否定的であった中野氏の編曲としては珍しくフルートが編成に含まれる版が存在する他、フルートを省き打楽器を加えた版がある。本日の演奏では、原曲を参照して微修正を加えた版で演奏する。なお、マンドリン合奏への編曲にあたっては長2度上に移調されているが、これは「メリアの平原にて」の作曲者によるマンドリン版と吹奏楽版の調関係と同一のものである。
 本曲は作者が歩兵第3連隊軍楽長であった1903年ごろの作品で、当時の著名な作曲家であるボルツォーニやヴォルフ=フェラーリらの賞賛を得たという。原題の”Festa di Nozze”は直訳すると結婚式の祭といった意味であるが、訳題の「華燭の祭典」は華やかな結婚式を意味する「華燭の典」と祭からの編曲者による造語であり、ほぼこの作品の固有名詞のように受け入れられている。
 本曲は次の3楽章からなる幻想曲である。
I. 人々の祝福 Movimento di gioia nel popolo, Allegro con brio 3/4 ト短調
II. 教会にて In chiesa, Andante Religioso 4/4 変ホ長調
III. 家族の祝宴 Festa in famiglia, Allegretto festoso - Andante espresivo - Allegro con brio- Maestoso - Allegro con brio 4/4 ト長調
 第1楽章は三部形式に依る。リズムに動きのある楽想が人々の喜びの賑わいを想起させる。主題は短調に始まり一度長調になるがすぐに短調に戻る、マリッジブルーの心の揺れ動きを表すような作りをもっており、祝福するような中間部と対比を成している。第2楽章は自由な形式に依るが、倚音の2度下降形が楽章の統一感を作っている。繊細な和声の動きが教会の式典の厳かさを感じさせる。第3楽章は4/4拍子の新たな楽想に始まるが、緩急織り交ぜる中で後半には第1楽章の要素が多く再現される。せめぎあう楽想の祝福に導かれるように、最後には第1楽章の主題が全て長調となって現れ、幸福に包まれて曲が終わる。

参考文献:
中野二郎著「いる・ぷれっとろ」http://homepage1.nifty.com/yasu-ishida/

※演奏における楽譜の修正点についてはこちらをご覧ください。
http://blokiyo.at.webry.info/201205/article_3.html
http://blokiyo.at.webry.info/201205/article_1.html
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2012年06月04日

夜曲

夜曲
Notturno (1905)
スパルタコ コペルティーニ 作曲
Spartaco Copertini (1879.7.1 Parma ~ 1952.7.11 Firenze)

 作者はイタリアの作曲家、音楽評論家。1906年にパルマ大学の物理科学数学科を卒業後、1908年にパルマ音楽院の作曲家を卒業し、その後はパルマ音楽院で教鞭をとった。
 本曲は1905年に作曲され、1926年にイル・プレットロ誌より出版された。原題のNotturnoはノクターン(Nocturne)のイタリア語であり、夜想曲とも訳される緩やかなテンポの抒情にあふれる楽曲である。
 本曲はA-B-C-A-B’の三部形式に依る(B’は結尾句に相当する)小品である。中間部の2つを含む3つの主題の他に、主題をまたいで登場する複数の動機がちりばめられており、シンプルな構成の中に味わい深さがある。また全ての主題が(主題内部での転調を含みつつも)主調で始まるのも特徴的で、対立を強調しない穏やかさの中での移ろいを楽しませる。

参考文献:
石村隆行著、クボタフィロマンドリーネンオルケスター「Spleen」CDリーフレット
中野二郎著「いる・ぷれっとろ」http://homepage1.nifty.com/yasu-ishida/
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2012年06月03日

小序曲「ローラ」

小序曲「ローラ」
“Lola” Piccola Sinfonia per Orchestrina (1902)
イャサンテ ラヴィトラーノ 作曲
Lavitrano, Hyacinthe (Giacinto) (19c Ischia ~ 1934.12.16 Bône)

 作者はイタリアのイスキア島に生まれ、フランスに帰化してフランス植民地であった北アフリカのアルジェリアに死した作曲家。Hyacintheはフランス風の綴りであり、帰化前のGiacintoの名前で発表された作品もある。パォレッティから和声と対位法を学び、ナポリの音楽学校でフォルトウッチに師事した。マンドリン合奏のために多くの作品を残しており、作曲コンクールに入賞した本曲や序曲「レナータ」、ロマンツァとボレロ「雪」などは現在でも代表作としてよく演奏される。
 本曲はIl Mandolinoの作曲コンクールに入賞し、1902年に出版されたものである。標題の「ローラ」は女性の名前と見られ、19世紀中頃に浮名を流した女優ローラ・モンテスを描いたものとも言われている。 ローラ・モンテスはアイルランドに生まれ、富裕な資産家男性たちの愛人となることで、当時としては破格な収入を得るようになった。1846年にはバイエルン王ルートヴィヒ1世に見初められて愛人となるが、政治に影響を与えると国民から疎まれ、1848年には市民の暴動によって国外追放を受けた。その後はアメリカやオーストラリアなどを次第に落ちぶれながら渡り歩いたという。
 本曲の楽式はやや自由なソナタ形式に依るが、単一楽章の中に緩急を織り交ぜた構成は形式的な堅苦しさを隠すとともに波乱に満ちた標題を表現するものと見ることができる。第1主題は共通の部分動機をもつが再現において分割される前半Aと後半Bに分けることができる。いずれも主調であるト長調で開始するが内部での転調が多く、変化に富むものである。一方で第2主題は安定した調をもつ主題で、ホ長調で提示され、主調であるト長調で再現される。この主題は下降解決の倚音を多く含み、とりわけ3度下降-2度下降-2度下降(=倚音解決)という部分動機が展開部における展開要素として用いられる。
 内部転調の少なさや部分動機の展開要素としての使用は、第2主題がこの曲の真の主題であるということを示している。すなわち、第2主題が「ローラ」そのものを表していると捉えることができる。本来であればソナタ形式の副次的な主題である第2主題を主人公に据えることは、主役でありながら主役でありきれないローラ・モンテスの生涯を象徴しているようである。第2主題は提示とは変わった調で再現された後、逃げるかのように速度を速める。そしてローラの追放を喜ぶような第1主題Aが華やかに曲を閉じる。

参考文献:
中野二郎著「いる・ぷれっとろ」http://homepage1.nifty.com/yasu-ishida/
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』http://ja.wikipedia.org/wiki/ローラ・モンテス
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